「ひっ……!」
部活を終え、部室で着替えていると小さな悲鳴が響いた。
それは松本から発せられたようで、理久と加藤は松本へ視線を向ける。
「香苗、どうしたの?」
「……」
加藤が声を掛けるも、返事はこない。自分の鞄の中をじっと見つめ、その細い肩を小刻みに揺らしていた。
「香苗……?………何、これ」
加藤が松本の鞄を覗いてみると、そこには無造作にぶちまけられたカミソリの刃が部室の証明を反射してギラギラと光っていた。
「さいってい……!!!ここまでする!?」
理久もそろりと二人に近寄って、鞄の中身を覗き見た。よくこれだけ集めたものだと思う程大量に入れられ、取り除くにも慎重にいかねばならない。
「まさか部活中にまでやられるなんて……」
か細い声が隣から聞こえ、理久は横を見る。目に涙を浮かべながらも、必死に泣かんとする松本が握り拳を作って震えていた。
自分は精神年齢がそこそこ上に加えてやり返す手段もある。そのおかげで冷静ではいたが、正真正銘中学生の彼女には堪えるだろう。
「ぶん殴ってくるわ」
「待って待って待って!うわあああ加藤先輩待って!!」
青筋を浮かべた加藤が握り拳を作り部室を出て行こうとする。一瞬彼女の言葉の意味を理解するのに手間取り、部室を出てから引き留める形となった。
「これ以上我慢ならないのよ!ふざけんなあいつら!」
「おおおおお落ち着いて落ち着いて」
去年までは、今の理久と同じように加藤達にも先輩マネージャーが居て、彼女達の守りもあって被害はそう大きくなかった。
しかしその先輩達はもう居ない。それが引き金となって嫌がらせはエスカレートしていったようだった。
「おいおい、どうした?」
騒ぎが聞こえたのか、首を傾げた向日が部室から出てくる。
「向日さん〜〜!!加藤先輩止めて……!」
「はあ?」
「向日!止めないで!今すぐ全員ぶん殴ってくる!」
「やべえやべえ」
加藤の言葉に訳が分からずも、とんでもないことをしようとしていることだけは理解したようで向日も一緒になって加藤を押さえる。
「どうなってんだよ猫宮!」
「それが……」
「何してんだテメーら」
気が付けばテニス部メンバーがこちらを訝し気に見ていた。
彼らに見つかっては加藤も我慢するしかないと思ったのか、怒りを堪えるように動きを止める。
「猫宮、何があったか報告しろ」
「………あー……ハイ」
有無を言わさぬ跡部の態度に、理久は肩を落とした。
そのまま加藤、松本と一緒にレギュラーが使う部室へ行くと、先程の鞄を見せる。
反応は怒り一色で、むしろ加藤より激しかった。
「ここまでするか普通!?」
「信じられへんわ」
今にも飛び出していきそうな向日を捕まえながらも、忍足の表情にはいつもの穏やかさはない。
「怪我してねえのか、松本は」
「大丈夫…すぐ分かったしね」
心配そうに松本に声をかけた宍戸に、松本は力なく笑う。
「……俺から言うしかねえか」
跡部のその一言に、シンと静まる。きっとそれしか今は手段がない、皆分かっている。こんなこと、誰が注意したって無くなりはしないのだから。
もしかしたら火に油かもしれない。けど、他に手段がない。そんな思いから、皆黙り込んでしまった。
「あの」
静まり返った部室で、理久の声が響いた。
「とりあえず、これは本人達に返しましょうか」
鞄に散りばめられたカミソリの刃を指さす。
何を言っているんだお前と、皆の目が言っている。それはそうだろう、今はそんな話をしている場合ではないし、そもそも相手が誰なのか確定しているわけではない。
「きっちり返して」
それまで何の表情も浮かべていなかった理久の顔は、途端に色を付ける。
「きっちり倍返ししましょう」
そう言って、理久は嗤った。
途端に部屋の空気がぐんぐんと冷えていく。息が白くなる程だ。しかしそれも一瞬で、全員が身震いしている内に元の部室へと戻っていた。
一番キレてんのはお前かよと、誰もが心の内で思った。