拾漆

「ビビったかな?マジあの二人うぜー」
「せっかくあれだけ買ってやったんだから、あたしらの頑張りに答えてマネ辞めてくれればいーね」

品のない笑い声が、日没後の街に溶けた。
見るからに派手な四人組の女子は、氷帝学園の制服を着ている。

「でも跡部くんに何か言われたらどうすんの?」
「証拠ないのにあたしらに何か言えるわけないっしょ!」

まだ、跡部に追及されたほうがマシだったかもしれない。…いや、そちらのほうが幸せだっただろう。

「明日楽しみだね。じゃ、またねー」

そう言って、四人は別れ、それぞれの帰路についた。

異変が起きたのは完全に日も落ち、あと少しで家に着く、そんな時だった。
四人組の一人、人気のない道で彼女の耳がおかしな違和感を捉えた。

「……?」

小さな金属音が、不規則に響いているのに気づく。
カランカランと、何かお金よりも軽い何かが、一個から数個どこかで地面に落ちている、そんな音だ。
彼女は不審に思いながらも歩みを止めない。
しかしその音は、少しずつ彼女に近づいていた。音が大きくなっているのだ。

「……なんなの」

言い知れぬ恐怖が彼女を襲う。バクバクと動く心臓のせいで外気温の高さに加え体温が上がってくる。
ぞわりと背中を悪寒が走った。
暑いのに寒い、そんなあべこべな感覚に彼女は本能的に震えた。
その時、ひと際大きな金属音がすぐ背後で響く。

「ッ……!!」

思わず足を止めてしまった。
聞きたくないのに、背後に意識を集中してしまう。自分の後ろに誰かが居ると、嫌でも分かってしまった。
小刻みだが、人間の規則正しい呼吸音が聞こえる。
どれくらい時間が経っただろうか、実際三分と経ってはいないと思うが、彼女にとっては果てしない時間だったことだろう。
不意に気配が消えたのだ。
異質と化していた辺りはいつもの帰り道で、どこも恐ろしくない。
先程までの空間は何だったのだと彼女は大きく息を吸い、足を前に出した。

キン、と何かを踏みしめたようだ。
目を凝らし足元を見てみれば、そこにはおびただしい量の血だまりと、血にまみれた大量のカミソリの刃。

「ひっ……!!」

遅れてつんとした血液特有の鉄臭さが鼻につく。彼女はゆっくり後退り、地面に血の擦れた跡を作った。

「なに、これ……わっ」

後退った背後に人が居たらしい。ぶつかってしまったことを謝るべく、彼女は振り返った。
この一瞬で後ろに人が居るはずがないことを、気付く暇などなかったのだ。

『…カ、エシ……キタ…………アア……』

全身にカミソリの刃が刺さった、男とも女とも分からない異形のモノが、彼女を見下ろしていた。止めどなく噴き出る血のせいで動く度に血の染み込んだ服がぐちゃりと音を立てる。

『カエス……タノマレタ……カエシテ…コイ…ッテ……カエ……ス………』

自分に突き刺さったカミソリの刃を、一個一個抜くと、地面に落ちる。
その音は遠くから聞こえていたあの金属音に酷似していた。

「……ッッッ!!!!」

彼女は悲鳴にならない悲鳴を上げ、一目散に走った。家につき、彼女を気に掛ける母親の声に答えることもなく部屋に閉じこもると制服のままベッドに潜り布団を被った。
ガタガタと体は震え、目を閉じれば先程の光景が鮮やかに蘇る。
そうしていると、再びあの金属音が聞こえた。彼女の目からは涙が零れ、見つからないようにと願いながらぎゅっと布団の端を握った。
金属音は次第に小さくなり、ついには聞こえなくなった。
その代わりに聞こえたのは、心配する母の声。

「どうしたの?ご飯は?」

ドアの向こうでする母の声に安堵し、まだビクつきながらもベッドから降りる。

そうして母の顔を見るべくドアを開けた先に居たのは、明かりに照らされ先程よりもハッキリとした、あの異形だった。

『……カエシ、ニ…キタ………』


****


次の日、三年生のとある女子四人が一斉に休んだそうだ。

「お前、何したんだよ…」

その話を教えてくれた日吉が、眉間に皺を寄せ理久に問いかける。

「カミソリの刃返しただけ」
「それだけじゃねーだろ」
「ああ、"返してきてもらった"か」
「誰に」
「知りたい?」

理久は笑みを深めた。

「…逆に気の毒だったな、犯人は。」
「ほんとよね〜!」

他人事のように笑う理久を、日吉は呆れたように見つめていた。