バケツをひっくり返したような雨を前に、理久は盛大な溜息を吐く。
傘を忘れたわけではない。傘があろうとなかろうと、この雨は憂鬱過ぎるのだ。
どう考えたって足は濡れるしスカートだって濡れるだろう。面倒くさい。
歩き出したくないが、歩かなければ家に帰れない。
雨を見ているのは好きだが、その中を歩くとなると話は別である。タクシー呼びたい。
鞄の中から濃い赤色の折り畳み傘を取り出す。
普通の折り畳み傘よりも大きめなそれは、少しでも自分が濡れないようにと通販で探したものだった。
さあ行くぞと気合いを入れ足を踏み出した時だった。
「猫宮〜!!待った!!」
この降りしきる雨音にも負けない大声が響いた。
理久が振り返ると、片手を上げてこちらへ駆け寄ってくる切原と目が合う。
「どうしたの?」
「傘!入れて!忘れてきた!」
「えぇー!!朝から雨だったじゃん!?どうやってきたの!?」
「朝練の時はまだ小雨でさ〜!大丈夫かなって思ったんだよな」
「天気予報ちゃんと見なさいよ!今日一日雨だったでしょうよ!」
「天気予報って見方難しくねぇ?」
「はー!?」
ただのアホだ。
「だからさ!入れてくれ!」
「他を当たってほしい……傘に二人入ったら濡れるの確定じゃん…」
「お前冷たくない!?俺が傘持つから!頼むって!」
切原はそう言いながら傘を持つ理久の手を握る。離す気がないその力強さに、理久は本日何度目かの大きな溜息を吐いた。
「あとでジュースな!!」
「わかったわかった」
けらりと笑った切原は、理久から傘を受け取って隣に立つ。行くぞと切原に目で合図され、二人一緒に歩き出す。
何故こんなことに……そう思いながら理久は切原を横目で盗み見た。
「あのさぁ…」
「んー?」
「今日告白されてたでしょ、隣のクラスの超可愛い子」
「あーそういえば」
「そういえばって……その子と帰ればよかったのに」
そうすれば私はほとんど雨に濡れることもなく帰れたのに。
「断ったのに一緒に帰るわけねーだろー」
「うわ贅沢……断ったんかい…」
「だって興味ねーもん」
少し口を尖らせる切原に、理久はワケが分からないと首を傾げた。
「俺お前にしか興味ねーからなァ」
「ふーん」
……ん?
うるさかった雨音が一瞬止まったように感じた。
切原が今何と言ったのか思い出すべく無意識に足を止めてしまう。止まった理久につられるようにして切原も足を止めた。
「……気のせいか」
「気のせいじゃねーわ馬鹿野郎」
気のせいというか聞かなかったことにしようと顔を上げれば目の前に切原の顔があって、
「さみーの?唇すげー冷てえな」
今、唇に触れた柔らかいものは、もしかして
「俺があっためてやろーか?」
再び柔らかな何かが理久の唇に触れる。それは火傷するほどに熱く、理久の全身が一気に火照った。
「お、ま……!?」
「ちゃんと意識しろよ、俺のこと」
驚きで固まっている理久の耳に、かつてないほど甘い囁きが触れた。
切原赤也に、けだるい雨の日、別にお前にしか興味ないからなぁ、と何気なく言われる