「何しとんの」
保健室。しんと静まり返った部屋の窓際のベッドで丸くミノムシの様に布団に包まっている私に誰かが声を描けた。
「起きとんのわかってんで」
じっと動かず無視したが、狸寝入りはしっかりバレていたようだった。
「見りゃわかるでしょ寝てんだよぉ」
のそのそ動くと顔だけ外に出してみる。今は三月の初めで、暖房はついているがやはり空気は寒い。肌を攻撃してくるその寒さに顔を顰めつつ昼寝の邪魔をしにきた白石を見やった。
「えらい堂々としたサボりやなぁ猫宮」
ぎし、とベッドが音を立てた。
よくよく見ればベッドの端に白石が座ったようだった。
「どうせもう大した授業ないし、あとは卒業だけだし」
そんなのは建前だった。
自分達は三年生で、残すは卒業式だけ。別に何が不満とかではない。
ただ、
「そういや白石は何故ここに?」
「いやー………俺もサボりやわ」
人のこと言えんかったわ、なんて空笑いする。珍しい、白石の悩み顔なんてなかなかレアなものを見てしまったと理久は目を瞬かせた。
「え、どうした」
思わず体を起こし白石の顔を覗き込むような仕草をすると、彼は膝に片肘をついて理久を見つめ返す。
「卒業式近いやん?周りの女子達のアタックが今まで以上にやばい」
「あー……」
学校には白石を好きな女子がたくさんいる。それはもう数え切れない程にいると思う。
その数え切れない中に、私も入っている。
好きになったのはクラスが一緒になった三年生の夏だ。そう、つい最近なのである。
存在は知っていたが特に気になることもなく、三年生に上がってクラスが一緒になったと分かった時でさえ「ふーん」と流していたのにこれだ。
たまたま席が近くて、どちらからともなく話すようになって、気付けば好きになって。
流されない自分かっこいいなんて思っていた頃の自分を殴りたくなった。
想いを告げようか、どうしようか。日を増すごとに気持ちは膨らむし、白石と他の女子の噂が流れる度頭を抱えていた。
保健室でサボっているのだって白石が原因と言っても過言ではない。
卒業式間近で、学校中の女子がここぞとばかりに白石を手に入れようと躍起になってきたからだ。
ある意味その光景は面白くもあるし、地獄でもある。白石を好きにならなければ素直に楽しめたのになあと心の中で項垂れた。
見たくないし、声も聞きたくなくて、日に日に逃げ出す頻度が高くなって、白石と話さない日が増えた。
このまま忘れてしまえたらどんなに幸福か。毎日そう願わざるを得なかった。
「お疲れ」
「気の毒そうな顔やめてくれ」
精一杯気持ちを隠して彼に言葉を投げる。気の毒に思ってるのは確かだ。毎日あの詰め寄られ方は可哀想すぎる。
「そういやなんか久しぶりに話したな」
「確かに。教室だとうるさくて寝られないからさ…」
「学校来てて寝んなや」
「ストレートに注意するじゃん…すいません…」
白石の正論パンチに普通にダメージを喰らった自分がいる。寝られないなんてただの口実に過ぎないのに何でダメージ食らってんだ私…
「あーあー、私も誰かに言い寄られたいなーーー青春したいなーーー」
ついつい心にもないことを口走ってしまう。青春したいのは確かだがその相手は限られるのに。
「は?」
ふと、なかなか聞いたことのない白石の低い声が響いた。
まずい。本能的にそう思った。
白石はそれで今苦労しているというのに、あろうことか私はそれを羨ましいかのように発言してしまった。
あーあ、怒らせた。何なんだよ、教室行けば嫌なものばっかり見なきゃならないし聞かなきゃならない。こうやってサボってれば元凶の本人が来る。卒業間近だっていうのに好きな人の地雷踏んで怒らせる。
今日が厄日でなければ何だって言うのだろうか。
「いや、ごめん。そうだよね、白石はそれで悩んでるんだもんね…無神経なこと言った。ごめん」
白石の目を見れず、謝罪の言葉を口にする。ああもう泣きそう。
「別にそれはどうでもええねん。猫宮、彼氏欲しいん?」
どうでもいいんかい。今お前の悩み茶化したんだぞ私は。それどうでもいいってか。ならいいや。
「欲しいというか、好きな人は居るんだけどどうせ望み無いし告白する勇気もないから、いっそ誰かに言い寄られたら気持ち切り替えられるかなって…」
「好きな人居んの…?!」
「うわびっくりした!声でか!」
突然の白石の大声にビビり散らかす。そんなに意外かそうか。
よかった、好意が伝わってなくて。
「え、誰?俺知ってるやつ?」
「まあ…うん……ちょっと名前は教えられないけど」
「何で」
「恥ずかしいじゃん」
「ええやん別に」
「いやよくないって」
「知りたい」
「教えん」
「頼むから」
「しつこい」
「猫宮」
「しつこいって」
「教えてや猫宮」
「〜〜〜〜もう!しつこいな!白石だよ!言えるわけないでしょ本人目の前に…して………」
言いながら、目を見開いた。
白石も目を見開いてる。
多分今この瞬間、同じ顔をしているのは世界中で私と彼だけなのではと思ったら少しだけ面白くて。
再び静寂が訪れる。お互い数秒固まった後、先に動き出したのは理久だった。
「ちょっとトイレ」
未だ固まる白石の横を普段の数倍機敏にすり抜けた、はずだった。
「ぐえッ!」
細長い何かが腹に巻き付いたかと思うと、背中に温かな体温。先程より濃くなった白石の匂い。
今、もしかして、え、
「し、しらいし…離し…」
「なあホンマに?ホンマに俺のこと好き?」
「いや、あの、あれ?ちょっと何言ってるかよくわかんな…」
「猫宮が俺のこと好きってホンマ?」
やめてくれ、何という処刑方法だこれは。恥ずかしさと情けなさで目に涙が溜まっていく。終わった、せめてこれが卒業式の日だったなら諦めもついたというのに。
「認める…認めるから…離して……そうです好きです…振るなら一思いに振ってくれ…」
堪えていた涙が一粒落ちると、もうそこからは止まらなくて、ぽたぽたと床に落ちていく。
こんな形でバレるのも情けないし、こんなことで泣いてることも情けない。
「うわちょちょちょ、泣かんでや猫宮、」
泣き始めた私の前に白石が回り込んでくる。やめてくれ見ないでください。
「俺やって猫宮が好きなんや、振るなんてそんなことせんわ」
「……は?」
思わず見開いた目からまた大粒の涙が零れる。
「猫宮、俺と話す時ふっつーやから俺なんか眼中にないんかと思った。よかった、無理矢理にでも付き合おうかと考えとったんやけど、両思いなら問題ないもんな?」
はて、今不穏なワードが聞こえた気がしたが気のせいだろうか。
無理矢理………?えこわくね…
私が思考を巡らせている間、白石は至極嬉しそうに微笑みながら私の涙を拭ってくれていた。
「いやまって、とりあえず考える時間を…」
「ほな今考えて」
「そういうやつじゃないのよ私が言ってるのは」
ほら早く考えてと私の頭に顎を乗せる白石に、何も言い出すことが出来ず、結果「ほな付き合うっちゅーことで」と勝手にまとめられたのだった。
白石とそうなりたいと願っていたはずなのだが、こうも怒濤の如く事が進んでしまうと人間どうしたらいいか分からなくなるものである。
キャパオーバー気味の私を見て、白石が口を開く。
「無かったことにはさせへんからな」
ちょっとした脅迫に聞こえるのは私だけでしょうか?