夕日が差し込む静かな図書室。
委員のみが入れるカウンターに今日座っているのは理久だ。
誰も居ない図書室には、理久が読んでいる本のページを捲る音が微かに響く。
紙独特の匂い、落ち着く静寂、大好きな物語。
理久はこの時間が大好きだった。
が。
スパァアアン!!という大きな音と共に図書室のドアが勢いよく開かれた。
「ぎゃあああああああ!!!」
「おいうるさいで、図書室では静かにせぇ」
「あんたのせいでしょうが……!!」
理久はがしりと胸の部分の服を掴みカウンターに突っ伏す。
「先輩に対してあんた呼ばわりとはええ度胸やな、猫宮」
つかつかと理久の隣に歩み寄り、持っていた日誌のようなもので理久の頭を叩くのは理久より一学年上の財前光だ。
「いった!!どれだけ人の脳細胞ぶっ壊せば気が済むんですか財前先輩!」
「そもそも細胞あるんか」
「人並みにはあるわ!」
「敬語使え阿呆」
「いってぇ!!」
二度目の攻撃に理久は涙目になる。そもそも言い返さなければいいだけなのだが、理久にはそれができない。そこまで大人しい性格ではないからだ。
図書委員になって初めて財前と対面した時の印象は「怖い」で、今の印象は「腹立たしいけど怒らせたら怖い」だ。ただ第一印象が悪化しているだけである。
何を言っても叩かれるしキレられるのでここからは無視だ。
何故自分にだけここまで当たりが強いのかは分からないが、言葉を交わさなければ怒られることもない。
「何読んどったん?」
「………」
「シカトすな」
「痛い!!」
本日三度目の衝撃が頭頂部に響いた。マジでこれ以上脳細胞壊れたらどうしてくれるんだ。
「財前先輩あのね、私ね、か弱い女の子なんだよね」
「はー日誌書くのだっる」
「ねえ今度はそっちがシカト!?」
自分のクラスの日誌だろうか。全学年共通の冊子を開きだるそうに書き込んでいる。ていうか何故毎回ここでやるのだろうか。
「……ねえ先輩、日直ってもう一人居ません?何でいっつも一人で日誌書いてるんですか?」
「ウザいから」
「面倒くさいからって大部分の説明省くのやめてもらっていいですかね、話が見えないんですよね」
「頭悪いなお前は」
「あーあー誰かさんがいっつも人の頭叩くから!脳細胞が絶滅危惧種なんですよ!」
「ウケる」
「ボケたつもりは一切ないんですけどね」
何を言ってもいなされる。
理久は諦めて先程まで読んでいた本を開いた。
読み途中だった行を探していると、手に持っていたはずの本は財前の手によって奪われる。本当何なんだこの男は。
文句を言ってやろうと理久は財前に顔を向ける。すると、思った以上の近さに理久は言葉が詰まってしまった。
「告られたから逃げてきた」
「え!?私が本を読んでいる間にそんな青春ドラマが生まれていただと!?しかも財前先輩かよ」
「何不服そうな顔してんねんコラ」
「先輩せっかく顔はいいのに中身下水みたいだもんね…」
「よっしゃその喧嘩受けたるわ」
「ぎゃー!!!」
何の迷いもなく女子に目潰しをしようとしてくる男がこの世に居てもいいのだろうか。寸でで理久は両目を手で隠す。
「猫宮のくせに」
「いや本当…先輩私にもう少し優しさをくださいよ……他の人にはもっとこう、もう少し柔らかいじゃん!」
「俺の優しさは全て振り分けられとってお前の分は残ってへんねんすまんな」
「ああそうですか……」
もういいや、そう思い財前の手元にある本を取ろうと手を伸ばすと、伸ばした手を掴まれる。
二回り近く大きなその手は思っていた以上に男を感じさせ、思わずどきりとしてしまった。
「俺、告られたんやけど」
「………はぁ」
だから何だと言うのだ。
気の抜けた返事をすると、財前は理久をじっと見つめたまま黙り込んでしまった。
何だ、何を言えばいいというのだ。
何か言おうと息を吸うものの、言葉が出てこない。
手は強く握られたままだし僅かに混乱してきてしまう。
「………先輩って好きな人居ないんですか…?」
とりあえず、前から気になっていたことを聞いてみる。すると財前は少しだけ嬉しそうな顔をした。見間違いかと思い理久は目をかっぴらく。
「知りたいか?」
「やっぱいいです」
「なんでやねんオイ」
「何か教えてくれる代わりに要求とかされそうなんですもんーこわいよー」
「よう分かっとるやないか」
「マジだったよー」
むしろ聞くまで逃がさねえとでも言っているような態度に、理久は内心項垂れた。財前は淡泊で冷淡なようで、割と構ってちゃんな気がする。先輩の構ってちゃん程面倒くさいものはないと理久は思う。
「教えてやるから善哉よこせ」
「食いたいだけじゃないですか」
「今日の帰りファミレス寄ってくで」
「どうぞご自由に」
「お前もや阿呆が」
「後輩に集るって男としてどうなんですかね!?」
「猫宮お前、俺のことケチやと思っとるやろ」
「めっちゃ思ってる!」
「俺かて好きな子相手なら奢るわ」
「ええ〜嘘くせ〜」
「何?」
「いひゃいいひゃいのびりゅ」
財前はいい笑顔で理久の柔らかな頬をこれでもかというくらい引っ張った。
そしてその後半ば無理矢理財前に連れられ、理久は学校近くのファミレスへと連れ込まれる。
財前は善哉、理久は苺のパンケーキ。
図書室に居た時と同じ様に理久をいじるだけいじった財前は、退店時、まさかの"二人分の支払いを済ませた。"
財布を出して呆けている理久の手を掴み店を出ると財前は少し意地の悪そうな顔をする。
「猫宮、俺はどんな人には奢る言うたっけ?」
「え?えー…………………、………え…?」
図書室での彼の言葉を思い出す。
財前の意図を明確に理解した理久は、咄嗟に逃げるという選択肢を選ぶ。
しかし"逃げる"なんて無理な話だ。財前はいとも簡単に理久を捕まえてしまうのだから。