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結局二日間熱にうなされた。
その間ろくに食べることもできなかったが、食欲がない理久にとっては大したことではなかった。
時折飼い猫に与える猫缶の匂いにやられて舐めそうになったが、自分のご飯を取られまいとする飼い猫によってそれはギリギリ阻止されていたのだった。
栄養を摂取していない影響でだるい体とまだ僅かに残る熱、そして眠気に襲われる二日目の夕方、メッセージ受信を知らせる音が鳴った。
休んでいる間、めぐるから心配のメッセージが届いていて、既読だけでもつけてと言われたが出来る限り返すようにしていた。
多分、明日の朝には熱が下がり学校へ行けるだろう。両親も帰ってくるしきっとすぐに回復できる。
今日もメッセージをくれたであろうめぐるにそう返そうとLINEを開けば、まさかの日吉だった。

『大丈夫か?』

思いがけない相手からのメッセージで理久は自然と口元が緩んだ。
そんな自分に気づいて、誰も見ていないのに慌てて表情を戻す。

「大丈夫。明日には行けるはず」
『そうか。ちゃんと食ってんのか?」
「そこそこ」
『食ってないだろ』
「…だるすぎて食べる気力も食欲もない」
『だと思った。とりあえず玄関開けてくれ』

は?
理久は純粋に首を傾げる。
玄関を開けてくれ?日吉は何を言っている?誰かと間違っているのか?

「日吉くん、私猫宮だけど、間違いない?」
『間違ってない。今来てるから早く出てこい』

病人に対して早く出てこいとは酷なことを言う。
いやいやいやそうではなくて、何故、彼が、
理久が固まっているとついにはインターホンを鳴らされた。本当に来ているのか。

念の為マスクをつけふらつく足で玄関まで行き、そっとドアを開けると制服姿の日吉が居た。

「マジで居る…」
「ほら」
「?」

がさり、と音を立て日吉がビニール袋をこちらに差し出す。
訳が分からないままそれを受け取り中身を覗くと、栄養ゼリーやら缶詰やらポカリが入っていた。

「こ、え、ど……どうし…」
「家にあったやつ。どうせ何も食ってないだろうと思って持ってきた」
「………ありがとう…」

物凄く嬉しさが込み上げ、理久は袋の中身を見ながら無意識に目元を緩ませる。
そんな状況で、栄養不足と熱を出した疲労感が作用して理久はとんでもないことを口走った。

「あー日吉くん好きだわー」

言った瞬間、理久は目を見開く。
今自分は何と言ったのか、栄養が欠乏している頭をフル回転させて思い出すが明らかにとんでもないことを口走ったのは確かだ。
顔が青くなるのが分かる。
ギギギ、と日吉を見上げれば、彼もまた目を丸くして驚いていた。

「ごめん何でもないごめんさよなら」

逃げたモン勝ちだとでも言うように理久は家の中へ引っ込もうとしたが即座に日吉に捕まえられ、何故か彼までも玄関の内側へと入ってきてしまった。
手首はしっかりと日吉が掴んでいて、振り払う程の力が理久にはない。

「今の、どういう意味で言った?」
「………あのちょっとよく覚えてないです」
「復唱すればいいのか」
「やめてごめんそれだけはやめて」

青かった顔は次第に赤に染まり、羞恥心から目を潤ませて理久は床を睨みつける。
日吉に対する淡い恋心を自分で理解した途端、言葉を発せなくなった。

「猫宮」
「……」
「友人としてか?それとも男としてか?」
「……」
「答えるまで離さねえぞ」
「…意地が悪い」
「今更」

こうしていても埒が明かない。理久はフッと肩の力を抜き、ちらりと日吉を見上げた。

「………どっちも」
「その答え方はズルいだろ」
「どっちもなんだから仕方ない」
「そうかよ。まあ俺も好きだけどな」
「はぁ…………は?」

思いがけない言葉に理久はまじまじと日吉を見返した。
手首を掴んでいた彼の手がするりと下へ滑り、理久の指を絡めとる。

「俺と付き合え」

惚れた弱みというのはこういうことだろうか。
不敵に笑った日吉に見惚れながらも、理久は頷いた。