恋のキッカケは誰にもわからない

「あ」
「えっ」

思わず声を出してしまった。
空き教室から出てきた人に対して。
俺の声に振り返る彼女は、男子の間ではちょっと有名人やった。

『頼み込めば誰でもヤらせてくれる3年の猫宮理久』

いつも遠くからしか見たことなかったけど、黒髪で綺麗な人やった。
胸でか……

振り返った彼女はこちらを怪訝な表情で見つめてくる。

「なんでしょうか…」
「あ、いや…別に……」

眉を顰めて俺の様子を窺う彼女に、少し戸惑う。
何で声かけてしまったんやろ…明らかに俺の苦手なタイプや……

「……あー!テニス部の!なんか2年生の人か!」

なんや2年生の人て。うろ覚えにも程があるやろ

「どうも……こないなところで何してはるんですか」

ここというのは、校舎内の端っこである。
空き教室が何個かあるが、少し遠いために誰も近寄らない。
俺はよくここらへんで昼寝をよくしていた。だから今日もそのつもりやったんやけど……

「あー………いやちょっと…休憩……?」

目を逸らし気まずそうに頬をかく。
…………あー……そういうこと。めっちゃ引くわぁ……
空笑いを浮かべ、それっきり黙ってしまった彼女にいたたまれず踵を返した。
もうこっち来られへんなぁ……次からどこで寝よ…

「あっ、テニス部の人!」

いやまあそうやけどそんな呼び方初めてやわ。

「何スか」
「ごめん、ここら辺の教室使ってた?もう来ないようにするから、ごめんね」
「はぁ……なんちゅーか、学校ではやめたほうがええんちゃいますか」
「……あたしのこと知ってるんだねぇ」
「知らん人は居ないと思いますよ。有名っすからね」
「でしょうね……尻軽ビッチって?」
「そう」
「まあ否定はしないけどな」
「わー引くわぁ……」
「ありがとう」

そう言って不敵な笑みを浮かべる彼女に、少しどきっとしてしまった。
そもそも外見は普通にええから、そら誰でもヤりたくなるわなぁ

「じゃーね」

手をひらりと振って帰って行く彼女の後姿をただひたすら眺めていた。

****

あれから、少しだけ、彼女が頭から離れなくなった。
嫌いなタイプやのに、外見が綺麗なせいだろう。
あの空き教室へ行くたび、居ないか目で探してしまう。

(別に会うたからいうてなんもないけど。)

それから彼女を見かけることは無かった。
あっちが俺を避けてるんか言うくらい見かけへんかった。
……別になんもないけど。
好きとか言う気になるとかやなくて、妙に記憶に残ってしまったせいで、無意識に探してしまう。
けど彼女はどこにも居なくて、ホンマは存在せぇへんちゃうかとか思えてきた。

「あ、なんか居る」

そんなことを考えてたら何の突拍子も無く廊下で再会してしまった。
相変わらず綺麗な顔しとんなぁ…
……次いつ会えるかわからん。この人の教室行けば会えるけどそういう関係でもない。今しかない。

「先輩ちょっとええですか」
「えっ何っえっえええええええ」

返事を聞く前に、彼女の手首を掴みその場から攫った。

****

来たのはあの空き教室。
このモヤモヤを払拭すべく、気になっていたことを問いただした。

「誰とでもヤるんスか?」

空き教室の適当に置かれていた椅子に座って彼女に問いかける。

「まあ大抵は」
「なんで?」
「暇だから…?」
「うわ…」

クソやん……暇だから誰とでもヤるとかビッチ以下やんか…
この数日気にしとった俺がめちゃくちゃアホに思えてきた

「その割に、俺にヤろうとか言わないんスね。誰にでも言うんかと思ってた」
「おーっとそこは勘違いされちゃ困るよ!あたしから誘うんじゃないのよ、あっちからくるの。あたしからは別になんもしないもん」

さほど変わらん。結局誘われればヤるんやろ

「前にさぁ」
「……はぁ」
「付き合ってた彼氏がね、初めての彼氏でね、すごい好きだったんだけど」

唐突に昔話を始めた彼女に、半ば呆れて黙って話を聞く。

「二股かけられてさぁ……!」
「先輩も酷けりゃ元カレも最悪っスね…」
「うっせ!…もうすごく好きで、ずっと付き合えるもんだと思ってて…でも実際はあたしがキープで。というかセフレ?ヤリモク?それ知った時にね、おかしくなっちゃって。一週間くらい寝込んだんだよね」

……あれか?この人病んでるんか?何急に重い話始めとんねん何も構えへんで聞いとったやんか

「結局さぁ、あたしの内面が好きだったわけじゃないんだよね。体か〜ってなって、なんかもう全部どうでもよくなって、セフレ始めました。」
「冷やし中華始めましたみたいに言うんやめてください。…二股かけられたくらいでそうなります?普通」
「好き過ぎて、ショック大きすぎた。あと、どうせ近づいてくる男みんな体目当てなんだろうなって気付いて、じゃあヤらせてやろうと。友達にもね、やめろって言われてんだけどね、どうしようもないんだよね」

そう語った彼女は、小さく溜息をついて眠そうに目を閉じた。

「あー……やり直したい。どこで間違ったのかなぁ……君はちゃんと見定めなきゃだめだよ…男もそうだけど女も怖いからな」
「そんなんわかっとりますわ。そっくりそのまま返します」
「ですよね……」
「ちゃんと彼氏作ったらええやないですか」
「…誰とでもヤるような女と本当に付き合いたいと思う男がいると思うかい?」
「…………お断りやわ…」
「ねー。だからいいのよ、仕方ない」

顔を引き攣らせてがっくりと項垂れる彼女を不憫に思った。少しだけ。
あまりに可哀想で、ガラやないけど控えめに頭を撫でてやる。
数回撫でると、小さく噴き出す声が聞こえた。

「………何笑ってるんスか」
「年下に慰められちゃったと思って……ウケる…」
「馬鹿にしとるんですか」

ムッとしてそう返すと、彼女は顔を上げて笑った。

「ありがとね」

屈託のないその笑顔を見て、不意打ちにもときめいてしまった。
同時に、こんなに綺麗に、こんなに可愛く、こんなに自然な彼女を裏切った男が許せなくも感じた。
……俺やったら、もっと大事にするのに。


「先輩」
「ん?」
「俺とシませんか?」
「…あれ、君そういうの嫌いな人じゃないの?慰めはいらないよ」
「慰めちゃいます。誰とでもヤるんやろ?なら俺ともできますよね」
「……何、目怖い、何企んでんの…」
「俺で最後にしてください」
「え…」
「ヤるんは俺で最後にしてください。もう誘われても全部断ってください。」
「ちょ、話聞いてた?ていうかそれって……いやじゃなくて話聞いてた?」

動揺する彼女の手首を掴み引き寄せ、じっと見据える。

「ねえ先輩、経験豊富なんやから、たくさん教えたってくださいね」
「いや……ねえ話聞いて…」
「ほな始めますか」
「今!?」
「先輩が悪いんやで」

(あんな笑顔、誰にも見せたない)

困惑する彼女を、床に組み敷く。
空き教室のくせに埃があまりないのは、頻繁にここで行為をしていたからだろう。
そう思うと無性に腹が立って、乱暴に彼女に噛み付いた。
俺に興味持たせてしまった彼女が悪い。
その責任は取ってもらわな。

「綺麗やで、猫宮先輩」