ある真夏の日。夏休みだ。
猛威を振るう夏の日差しから逃れるように、エアコンの効いた家にこもる………と言いたいところだが、現実はなんとも残酷だ
数日前、エアコンが壊れてしまった。
しかも二台同時に。リビングと自分の部屋である。
おいこれ確か一緒に買ったやつだよな……何で一緒に壊れるんだよ仲良しかよ…
何でこんなあっつい日に壊れるかなあああああああああ殺す気なのかなああああああああああああ
修理は明日らしい。多分明日で直るはず。
もう少しの辛抱だ
辛抱だけなら何とかなるのだが、今あたしにはやらなければならないことがある。
そう、宿題だ。
こんな暑い中やれと?
図書館?行くのだるい。
友達ん家?行くのだるいし帰ってきた時のこの熱地獄を味わうと思うとまだ家に居たほうがいい。
修理終わるまで待ったら?逆に今のうちに頑張って進めといてエアコン直ったら目いっぱいだらけたい
ので、今日頑張っちゃおうということだ
自分の部屋の窓を目いっぱい開け、扇風機を回しながら頭を回す。
休むことなく回る扇風機に対してあたしの頭は徐々に回転数が減る。なんでだ。
タンクトップにショーパンというできる限りを尽くした格好だが、もう家なんだから全裸になりたい。とか女の子としてやめるべき発想までちらつくようになった。
暑いせいだよおおおおおおおおおもおおおおおおおおおおがんばろ
アイスアイス、アイス食べましょ
下に降り、アイスを漁っているとスマートフォンが鳴った。
ディスプレイには『財前光』と表示されている。
……あたしの片思い相手だ。
なんじゃこんな時に……ラッキーなんだかアンラッキーなんだか………
『今何しとったん』
「エアコン壊れてさー熱地獄の中宿題頑張るためにアイス食べようとしてた」
『うわドンマイ』
「悟り開きそうなんだわ」
『しゃーないなぁ、一緒に宿題やろか』
「え?エアコンの効いた財前くんの部屋で?神様か?」
『いや猫宮の家』
「うちかーい」
え何で?絶対君暑いの嫌いじゃん、エアコン壊れたって言ったよね?何で来るの?暑いよ?汗だくになるよ?なんならあたしなんか片思い相手くるんだから倍汗だくになるよ?
『ついたで』
「ほぼほぼ居ただろもう」
『おう』
玄関から電話してやがったな…
一度だけ、彼はあたしの家に来たことがある。
ただあたしが体調不良で休んだ時にプリントを持ってきてくれたのだ。
よく道覚えてたな
「らっしゃーい」
「おー、ザ・夏って感じやな」
「何で来ようとか思っちゃったの……エアコン壊れてるって言ったじゃん」
「もう来てしもうたんや、しゃーない。上がるで」
「どうぞ…」
Tシャツにジーパンというラフな格好の彼に、ぎゅっと心臓を掴まれた気分だ。
バクバクと鳴る心臓を落ち着かせようと、先程まで散々嫌っていた暑さに集中した。
何でこんな時に……なんで…どうせなら涼しいとこで二人で宿題したかったなぁ…
乗り気ではないが、自分の部屋へ案内する。
「あっつー」
「来た以上文句は言わせないぞ…麦茶持ってくる」
「へいへい」
****
どのくらい時間が経っただろう。
教え合いながら進めていた宿題は、いつしかそれぞれ黙々と取り組んでいる。
なんかもう財前くんの事とか考えてらんない。暑い。そして宿題意味わかんねえクソ
暑さと宿題のことを考えるだけで頭が一杯だ
肌がじとりと汗ばみ、不快感は増す一方。汗が首を伝い、谷間へと流れる。うえー気持ち悪い……
ふと財前くんを見ると、彼も薄っすら汗をかいているようだ
は〜〜〜〜〜〜〜〜イケメンか!!!何!?汗までかっこいいって何!?いやあたしが何だ!!?
やっばい見るんじゃなかった……ぐらりときた、ぐらりときてしまったちくしょう
かっこいいなーやっぱり……
最初は何かとっつきにくい野郎だなと思ってたけど、話せば話す程普通に面白くて。表情はなかなか変わらないけど
そりゃモテるはずだわ〜なんて思ってたら自分も好きになってしまっていた。
そう気づいた時はちょっとショックも受けた。自分も周りの女子と一緒なんだなって
どこか自分は他の子とは違ってて、彼にとっての「女の子の親友」みたいになれるんじゃないかって調子乗っていた。
ま、結局好きになっちゃったし、そんなことは叶わなかったけど。
仲良くなってから、彼がフッた女の子は数知れず。
彼曰く、「表面しか好きになってへんねんどうせ」だそうで…
多分内面も好きな女の子だって居るはずなんだ。けどそう思ってしまうのは大半が「財前くんの外見が好きな女の子」だからだと思う。
だから自分に好意を寄せる女の子は片っ端から相手にしない。こわい。
でもわからなくもないけどね、外見本当かっこいいから。いや中身もかっこいいけどな、真顔でお茶目なことしちゃうしな。ホントやめたほういいよ死人出るよ主に女子。
そんなだからあたしは彼に一生告白できないと思うし、しないと思う。
謙也先輩や白石先輩に言われたが、財前くんがここまで心を開く女の子はなかなか居ないと言ってくれたのだ。超嬉しい。
だから、この関係を壊したくない。
いつか財前くんも彼女できるんだろうなーなんて思ったら辛すぎるけど、その時は、女の子を好きになれるくらいに成長させたのはあたしだと一人で優越感に浸ることにする。
楽しみである。
「おい、顔が死んどるで」
「あたしとしたことが……寝てた」
「目開けてえげつない寝方すんなお前」
「あああああああ暑い!!無理!!暑いよ!!!」
「暑い言うたらもっと暑くなるやろが静かにしぃ」
「だめだちょっと脚に水かけてくる」
「おう行ってこい、ついでにアイス持ってきて」
「あいよー」
だらりと腕を下げ風呂場へ向かう。
どうせショーパンだ、脱ぐまでもないのでそのまま浴室に入ると、水温を極力低く設定する。
そして何故か、何を思ったのか、シャワーヘッドを手に取る前に水を流してしまったのである。
頭からもろ被りだ。
「ッぎゃー!!!!!!!!!!!」
つめったあああああああああああうわあああああああああああなんでだあああああああああああああああああ
「どないした!?」
あたしの叫び声を聞いて飛んできたのだろう。財前くんが血相を変えた浴室に飛び込んできた。
そして頭から水をまる被りしたあたしを見て、あからさまに「バカじゃないの」という顔をしやがった。わかってるよ暑くて頭回らなかったんだよ!!!
「お前何してんねん………」
「………暑さのせいだ…全部暑さのせいなんだ…」
泣けてきた。好きな人にこんな頭悪いとこ見られて涙が出そう。
ぱんつまでぐっしょりで気持ち悪い。
濡れたタンクトップの裾をぎゅっと絞ればぽたぽたと水が滴った。
「……猫宮」
「ん?えっ」
名前を呼ばれ彼を見上げた途端腕を引かれた。
わけもわからずいると、どうやら財前くんに抱き締められているようだった。
理解すると一気に顔が熱くなる。なんで、どうして、ていうか
「ざっ財前くんあんた濡れるって……!てか何して………!!」
「猫宮、下着透けとる」
「マジか……」
「あー猫宮冷たくて気持ちええなぁ…」
「財前くん暑いー………じゃなくて!!何してんのって!!」
ぐいぐい彼の胸を押すが、なかなか離してはくれない。ものっそい力が入っている。
なんでだよ!頼むから離れてよ心臓の音聞こえるってば!!
「……?猫宮めっちゃ心臓鳴ってへん?」
「〜〜〜ッ当たり前でしょうがあんたあたしに何してると思って…!」
「男にこういうことされたん初めて?」
「あたしに彼氏居たことないから初めてですね……!!いいから離して…!」
どうもがいても男の力に敵うはずもなく。
一向に離してくれない彼に、少し涙目になる。何がしたいんだこの人……!!
瞬間、彼はこちらに体重をかけてきた。後ろは鏡やら混合水栓がある。すっころんだりしたら痛い、あたしが。
何とか彼の体重に耐えていると、上から水が降ってきた。
「ぎゃーッ!!!!!!」
本日二度目の叫び声に、財前くんは思い切り噴き出した。
「何笑ってんのあんたもびしょ濡れだからね!?」
「………ぎゃーて…ぶふッ……!」
「ていうかそろそろ離せよおおおおおおお」
「無理。その格好だけでもやらしいのに汗垂らしとったお前やらしさ倍増やったんやからな」
「それ言ったら財前くん負けてなかったよ」
「挙句の果てには頭から水被っとるし、透けとるし、何?誘っとんの?」
「何の話してんの!?」
ぐるぐると目を回し必死に抵抗していると、肩を押された。
転ばないよう腰をしっかり掴まれ、背中を鏡に押し付けられる。
顔を上げると、当たり前だが財前くんが居た。
水も滴るいい男とはよく言ったもので、水滴を垂らす彼は見とれてしまう程の色気を醸し出している。
「…………ざいぜんく、」
「今まで我慢しとったのがパーやん。責任取れよ猫宮」
「ッ!?」
財前くんはあたしの肩口に顔を埋めると、肩から首にかけて舌を這わせた。
全身に走る感覚に身震いをする。抵抗したいが、下手に動くと二人とも滑って転んでしまいそうなため上手く動けない。
彼はそれが分かっているのか、時折リップ音を鳴らしながら首やら鎖骨やらに舌を這わせている。
「なに、して…っ、ちょっと…!」
「猫宮、俺が好きでもない女の家なんかわざわざ来ると思っとるんか?」
「………?」
「ましてただの女友達の家にだって行かへんねんで」
「どういう……」
「それはお前少し考えろ」
その言葉に声を発することはできなかった。
初めてのキスはとても濃くて、暑さとは違った息苦しさを感じた。
苦しさから何度も逃げるがその度彼に捕まってしまう。
「わー、えっち」
やっと唇を離した彼が言う。
どっちがだ。
妖艶な笑みを浮かべて再び近づいてくる。
とんでもない人を好きになってしまったのではと、回らない頭の中に浮かんだ。
そんな真夏の夏休み。
明日はエアコンが直る日、今日は新しい関係がスタートした日。