休みの日、読みたかった本を借りるため、近くの図書館へ向かった。
静かな館内はとても落ち着く雰囲気をしていて、ふうと息を吐く。
目当ての本がある棚へ移動すれば、そこには先客が居た。
クラスの女の子よりも少しだけ背の低いその女の子は、自分よりも高い段にしまわれている本に必死に手を伸ばしていた。
「これ?」
「えっ」
彼女が必死に取ろうとしていた本をするりと抜き取り、差し出す。
「うわあああありがとうございます…読みたい本に限って高いところに…すみませんありがとうございます」
「いえ………ってこれ僕も読みたかったやつだ」
ここは図書館、注意事項にもあると思うが、私語はなるべく禁止である。
だから小さな声でこそこそとやり取りをしていた。
少し気恥ずかしさもある。なんせ知らない子だ、上手く喋れているだろうか。
「あ…なら先にどうぞ…私その後でいいんで」
「先に君が取ろうとしてたんだから、僕こそ後でいいよ」
「えー……………じゃあお言葉に甘えて…すみません」
だって君、今すぐにでも読みたいって顔してるじゃない。
そんなこと分かり切ってるのに受け取れないよなぁ。
嬉しそうに本を見つめる彼女に、自然と頬が緩む。
「あ、読み終わったらクラスに持って行こうか?」
「えっ」
素っ頓狂な声が出た。
クラス?持って行く?どういうこと?
「あごめんなさい…木更津くんだよね?テニス部の…私もルドルフだよ」
マジか……
どうやらクラスは違うようだ。じゃあ知らないはずだね
「…じゃあ、申し訳ないけどそうしてくれるかい?」
「まかして」
二ッと笑う彼女に、小さくありがとうと応えてその日は別れた。
持ち帰ったものは無かったが、少し気分が良かった。
****
あれから数日経った。
ぶっちゃけ、ちょっと忘れていたのだ。
そこまで印象的な子では無かったのもあるし、初めて話した相手だった為に緊張していたせいでそこらへんの記憶が少し薄い。
今、僕の教室を訪ねて来たこの子は、数日前に図書館で会った子だった。
(そうだった、読み終わったら持ってきてくれるんだったっけ)
「これ、もう読み終わったから。木更津くんが終わったら私返してくるよ」
「え、それは悪いよ」
「だって私の名前で借りたし…、ね」
「あ、そっか」
そうだったね、と本を受け取る。
本の受け渡しが終わると彼女はこの場を後にしようとした。
「ちょ、ちょっと待って、君名前は?クラスは?」
「はッ!忘れてた!猫宮理久です!2組だよ」
「わかった、わざわざありがとうね」
「ううん、あの時本取ってくれて助かったよ、こちらこそありがとう」
「どういたしまして。じゃあ終わったら持って行くね」
「はーい」
割とあっけなく、帰っていくんだと思った。
よく話しかけてくる女の子は何かと話を伸ばしてくる子が多くて、何かと苦労していたからちょっと面食らったのだ。
こんな子居たんだなぁと感心した。
それと同時に興味が湧く。君の本当の顔はどんなんだろう?
渡された本の表紙を少し撫でる。
彼女の表情は、とても嬉しそうで、今から読むのが楽しみになった。
彼女はどんな気持ちで読み終えたのかなぁ、返す時に少し聞いてみよう。
その後何度か校内で彼女に会った。
僕と違ってとてもパワフルで、いつも楽しそうだった。
特に話題はないけれども会う度近況報告のようなものはしていた。彼女の話は突拍子が無いものばかりだったが、逆に新鮮だったしとても面白かった。
クスクスと笑っていると、彼女は照れながら笑ってくれる。
****
「ごめんね時間かかっちゃって。ありがとう」
ようやく読み終わった本を、猫宮さんに渡す。
教室から出てきてもらい、廊下の端で話をした。
「いいよ〜、じゃあ返しておくね」
終わってしまう、このままじゃ、この関係が終わってしまうと思った。
まだ僕は君と話がしたい、君の笑顔が見たい
口実が無いと会うことも話すこともできない気がして、思わず引き止めた。
「ねえ、僕も一緒に返しに行きたいんだけど、いいかな?」
「?うんいいよー!また何か借りようかなぁ」
「次も同じの借りたりしてね」
「ありえなくもないなぁ」
ふふ、と微笑む君に、どうやら僕は恋をしているようだ。
君のその可愛らしい笑顔を誰にも見せたくないなぁなんて、我儘なんだろうね。
「木更津くんどうしたの、私の顔になんかついてる?まさか虫!?」
ぎゃーと急に騒ぎ出した猫宮さんを慌てて人の居ないところまで引っ張っていく。
本当この子は、予測ができないなぁ
「もー、急に騒ぎ出すから何かと思った…虫なんてついてないよ…」
「だってやたらずっと見てくるから……」
「ついてたとしたらちゃんと取ってあげるよ」
「その時はよろしく頼みます」
そう笑う彼女に、思わず行く手を塞いでしまった。
両腕を彼女の体の両脇に着く。触れた壁はひんやりしていて、彼女との距離を実感させてくれる。
ふと、見下ろせばびっくりしながら顔を真っ赤にする彼女と目が合う。
途端に胸がきゅう、と締め付けられる感覚がした。
ああ、このまま返したくないな、ずっと居てくれないかな、僕以外の男に見せたくないな、すごく好きだなぁ…
そんなことをぐるぐる考えていると、猫宮さんからか細い声が聞こえた。
「………き、木更津くん…あの………めっちゃちかいのですが…」
緊張からだろう、声が上ずっていた。
恥ずかしさで今にも泣きそうな彼女がとても愛おしくて、涙が溜まる目尻に口付けをする。
びくりとさらに縮こまるその体を、壁に押し付けるように僕の体と密着させた。
僕の体と壁との間で小さく震える彼女に、もっといじめたい欲が駆られる。
ああ可愛い、すごく可愛い。
このまま逃げられちゃたらどうしよう、ちょっと立ち直れないかも。
「………僕猫宮さんがすごく好きなんだけど、どうしたらいいかな?」
我ながら卑怯だと思った。
けれど仕方ない、怖いのだ。
初めてこんなに好きになった子に、去られてしまったらと思うと、とても怖かった。
「……………心臓もたないから…ほんと……普通に言ってよ……」
恥ずかしさを隠すように片手で口を押える彼女は、僕を拒否しなかった。
それが答えなのだとわかると、彼女の手の甲越しにキスをした。
「ごめんね、すごく好きだよ。猫宮さんがすごく好き」
「予想外だよ…………わ私もその………あの…あれだよ………それだよ…」
「ちゃんと言ってよ、わからないじゃない」
「………………すきです……」
「……何それ可愛すぎ」
このままどっか連れ込んじゃったらだめかな?