「あ」
「えっ」
先に声を上げたのは彼、財前光だった。
ある日の帰り、時折利用する居酒屋に一人で入ろうとした時入口で彼とバッタリ会ってしまった。
同じ大学で同じ学年の彼は容姿が大変良く、加えて関西出身であることからとても目立つ。しかし中身は大変冷え切っていて、入学当初彼とお近付きになろうとした女子達はことごとくぶった斬られた。
それでも彼を想う女子は減らない。見た目にキツイ性格というのが一定数の女子に大人気だったからだ。
「財前くん、だよね」
「おん。自分猫宮やろ」
「よく覚えてるね」
「そらよく席近くになるからなぁ」
そう、何故か同じ講義の際は彼と席が近くなることが多い。でもそれはお互いが気になるということではなく、お互いの定位置がただ近くの席というだけだ。
私は結構最初の頃に定まっていたが、彼はまとわりつく女子から逃げ回り今の位置に落ち着いたように見えた。
「一人なん?」
「うん、家で作るのめんどくさくなっちゃって」
「俺は酒が飲みたくて」
「どうぞどうぞ」
理久が店のドアを開け、いらっしゃいませと声を上げた店員に別々ですと告げようとした時
「二人で」
「えっ」
財前の言葉に店員は「二名様ご案内します」と言って奥の席を案内してくれた。
想定外の展開に理久は頭にハテナを飛ばしながら席につく。
「えっごめん私一緒にいいの?一人で飲みたかったんじゃないの?」
「いや別に。せっかくやしええやん」
ええのか。彼はそんなこと言える人間だったのか。私女子だけどいいのか?女子に見られていないってことだろうか。
謎が深まるばかりである。
理久のことなどお構いなしにメニューを開きあれこれ決めていく彼は、大学に居る時ほど怖さはなくて、普通に同い年の男子だなと理久は再認識した。
わかったことは彼は大変お酒が強い。それなりに飲んでるはずなのに顔色一つ変えないとはどういうことだ。
恐ろしすぎる。
「猫宮は飲まへんの」
「私飲めないんだよね」
「ガキやん」
「酒が飲めるからと言って大人とは限らないんだからな…!」
やっぱり口は悪い。この口の悪さに挑んで行った女子達勇しすぎるだろ。
飲んで食べている間、大学のこと、中学高校のこと、部活は何してたとか今バイトは何してるとか、お互いを知るための話題で盛り上がった。こんな話題で盛り上がれるんだなんて理久は少し嬉しかった。
何せ、大学に入学してからほぼぼっちを極めているからである。友達作りは今も昔も苦手だった。
こんなに話したのは財前が初めてで、理久は不思議な感覚になっていた。
そろそろお開きにしようか、と席を立ち会計に行くと財前が先にレジに立つ。理久は自分の分を計算しつつ財布を開いて待っていると払い終えた財前がくるりとこちらを振り返って理久を押し退けるように体当たりをしてきた。
「行くで」
「いやでも私の会計、」
「払った払った」
「、は゛?!」
「おっさんみたいな声出すなや」
そのまま店の外に追いやられ開いた財布を持ったまま財前を見やる。
「なんで…」
「ええから、ついでやついで。ちゅーか猫宮さほど食うてないし誤差や誤差」
「ええー…ありがとう、なんかあとで奢るよ」
「別にええ……あ、なら今度あのカフェ行こうや。うまそうな善哉あったんよなぁ」
偶然会っただけなのに、一緒にご飯食べて、奢ってもらってしまって、何なら次の約束もしてしまって。
私に友達がいないことを神様は憐んでくれたのだろうか。それにしても最初の友達が財前光というのはハードルが高すぎる。
家に帰ってからスマホの画面をつけ、LINEを開く。
トークの一番上は財前で、LINEを交換した際のスタンプが映し出されていた。
****
あれから時折、時間が合う時に財前とあの居酒屋にご飯に行っている。
もちろんカフェも行った。彼は顔に似合わず甘いものが好きらしく、注文した善哉を綺麗に平らげていた。
顔に似合わず、なんて思わずこぼしてしまったら足を蹴飛ばされた。だいぶ遠慮がなくなってきたようで手が出るようになってきた。彼がDVマンにならないか理久は密かに不安である。
そんなある日、大学の数人で飲み会が行われることになった。
有難いことに私も誘ってもらえたが、バイトが重なっていて行けなかった。
残念に思っていると、なんとあの財前が参加するという。天変地異でも起こるのだろうか、理久は怖くなり、その日はバイトが終わったらまっすぐ家に帰ろうと心に決めた。
財前が飲み会に来てくれる、と浮き足立つ女子達を横目にどこか残念に思う自分いることに気づかないふりをしてその日は大学を後にした。
飲み会の日、バイトも終わって家に帰り、シャワーを浴びてテレビを見ているとスマホが鳴った。
メッセージかと思ったが電話で、まさかの財前からの着信だった。
何故?と思いながら出てみればガヤガヤとした大人数の声と共に財前ではない男の声で「もしもし」と聞こえてきた。
「え、もしもし、誰」
「あ、理久ちゃん?で合ってる?財前が潰れちゃってさ、どうしようかと思ったら理久ちゃんに電話して呼べっていうんだよ」
「えーー…」
「ごめんちょっと今から来れないかな、誰も財前のアパート知らなくて」
「……わかり、ました」
店の場所を聞き、部屋着を着替えて外に出た。
おかしい、あんなに酒に強い彼が潰れるはずがない。絶対口実だ、抜け出すための口実だ。
ずるい奴だなぁと理久は笑ってしまった。
店に到着すると大学の人達が揃って「えっ」と声を出す。
私が来るとは思わなかったんだろう。そりゃそうよな、大学では財前とほぼ喋らないし。
「え、付き合ってるの?」
「いや全然、たまたま、そのご飯一緒になった時があって…?」
同級生からの質問攻めにしどろもどろになっていると、肩を抱えられた財前が近くまでやってきた。
そのまま理久に引き継ごうとした時思い切り頭突きをされた。その流れで肩にもたれる彼を涙目になりながら支え、未だざわつく店を後にした。
店から少し歩いたところで理久はぴたりと止まり、「起きてるでしょ」と一言呟く。
横目で財前を見ていると彼の目がパチリと開き、「よう分かったな」と当たり前のように体を起こした。
「酒に強いはずの財前くんがそう簡単に潰れるはずないですからねぇ」
「二次会連れてかれそうやったから」
「だと思ったよ」
はあ、と溜息を一つこぼせば目の前に財前の顔が現れた。
「な、に」
「さっきのあの飲み会でお前の話しとった奴おった」
じっと理久の目を見つめながらそう言う財前は、両手で理久の頬を包む。
「猫宮のこと気になっとるんやて」
頬を包んで位置を固定する。彼の指が理久の唇をなぞった。
「財前く、」
「あーアカンわ」
意を決して彼の名前を呼んだと思ったらそれは彼によって喰われた。
酒のせいだろうか、それは自分のより熱く、溶けてしまいそうだった。
「ざ、いぜ」
「うん、もっと呼んで」
再び重なるそれに耐えきれず財前の胸板を押して無理矢理引き剥がす。
「〜〜〜!!お酒くさい!」
「えーそこ?」
理久の言葉に財前は噴き出した。腹を抱えて笑う彼なんて珍しい、と思うと同時に何であんなことをしてきたのかが理解できなかった。
酔ってるからだとしたら、質が悪い。これで勘違いしない女子がいるだろうか、いや120%いないだろう。
ぐるぐると考えを巡らせていると、再び目の前に財前の顔があった。
「聞きたいことあるやろ」
「ありまくってる」
「俺も言うことあるんやわ」
「なに、」
「ここじゃあれやし」
言葉を区切ると、財前は理久の手を握る。指を絡め、振り解けないくらいの力で握ると、それとは反対に優しく理久を引き寄せた。
「俺の家、おいで」
妖艶、それが財前の表情を見た理久の感想だった。