02

あれからの日々はとても平穏なもので、心配は杞憂だったと理久は胸を撫で下ろしていた。
日吉と言葉を交わすことなどほぼなく、学校内外でテニス部メンバーを見かけることすらほとんどない。
クラス内はいたって平凡で付かず離れずの関係性が成り立っていた。
勉強は授業一回聞けば全て入ってくる。なんて素晴らしい脳みそなんだと授業を受ける度理久は自分に感動していた。

そんな矢先、とある噂が立つ。
一つ上の学年に大変可愛らしい女の子が転入してきて、跡部率いるテニス部メンバーがその子に夢中なのだそうだ。
クラスの女子が話している内容をこっそり聞いた理久はにやける顔を無理矢理机に突っ伏す。

きた〜〜〜〜〜!!!!!
ああ神様、私の願いを叶えてくれたというの。真のヒロインは私か!?神様×私か!?
そんな的外れな思考を巡らしながら普段の表情のない顔を作る。一息吐いて顔を上げれば何故か日吉がこちらを見ていた。

「えっ何」
「……いや、具合悪いのかと思った」
「ウケる」
「何がだよ」

色々だよ、と言って理久は席を立った。向かう先はトイレ。そういえばトイレ行きたいんだった忘れてた。

****

噂の美少女が早速テニス部のマネージャーになったらしい。跡部が無理矢理入れただの、色目使ってるだの、雌豚だのと様々な噂が飛び交い、理久は毎日楽しそうだった。
その美少女とやらを見てみたい気もするが、小さなこの好奇心で人生が狂わされるのではないかと思いまだ行動に移せていない。普段からテニス部に囲まれているらしく、これはほぼほぼ不可能だと早々に諦めた。
不可能なことはしない、というかできないだろう。
ほんの少し残念に思いつつ、理久は放課後の図書室へ向かった。
前の人生で理久は本を読むことが好きだったが、それは大人になってからだった。やはり学生の頃は漫画に夢中で、教科書以外で活字を読むことは無いに等しかったのだ。それが大人になり、小説の面白さに気付いてからは毎日のように様々な小説を読み漁っていた。
学生の頃からこうして読んでいれば、もっとたくさんの言葉も覚えられたし語彙も増えたのになとよく後悔していたところにこの転生。やはり真のヒロインは私か。いつか神様が迎えに……死ぬみたいだなやめよう。

そんなこんなで理久は図書室の本を片っ端から読み始めた。きっと中学生そのままの頭じゃ理解できないような本ですら難なく読め、内容が頭に蓄積されていく。楽しい、楽しすぎるぞ。
一昨日に借りた本を読み終わってしまったため、本を棚に戻し新たな本を探す。
しんと静まり返った図書室を優雅に歩いていると、どこからかぐすぐすと鼻を鳴らす音がした。
花粉症か、風邪か。早く家に帰ったほうがいいのではないかと理久は思いながら、つい音の出処を探してしまう。

(あ…)

ずっと奥の棚の端っこで、小さな背中が丸まっていた。泣いている時特有のしゃくり声が聞こえ、花粉症でも風邪でもなかったことを理解した。
その小さな背中があまりにも悲痛で、周囲に誰もいないことを確認した後にその震える背中に声をかけた。

「あの…大丈夫ですか?」

理久の声に驚いたその背中は大きく揺れ、カタカタと震える。

「具合悪いんですか?保健室の先生呼んできますか?」
「だっ…だめ…!」

思わず、といった風に振り返ったその姿に理久は絶句した。

こ れ は 美 少 女 。

誰かなんて分からないわけがない。艶やかな黒髪に愛らしい顔。これは確かに美少女である。
っていうか出会ってしまった。マジか。
ボロボロと泣いている顔さえ可愛らしく、さすがの理久も鼻の下が伸びる。
というか何でこんな泣いてんだ、腹でも痛いのか。

「…どうしたんですか」

ここで急に離れるわけにもいかず、理久は目の前にしゃがみ込み、ポケットのハンカチをそっと彼女の目元に押し付けて顔を覗き込んだ。
そんなことをされると思っていなかったのか、彼女は目を見開いてひと際大粒の涙を零す。
その様子さえ美しく、思わずあのテニス部メンバーと彼女が並んだ場面を思い描いてしまった。

うーん、これは。彼女が加わることで、想像なのに眩し過ぎて理久は僅かに目を細めた。