「美歩!」
理久が何か言葉をかける前に、静かな図書室に男の美声が響いた。
まずい。
「美歩!!……何をしている」
背後を振り返ると、そこにはあの跡部が立っていた。跡部だけではない、二年のテニス部メンバーが揃っていたのだ。今から私は処刑台ですか?
「ち、違う!跡部くんこれ違うから!」
美歩さん?は顔面蒼白になって勢いよく跡部に駆け寄る。そのまま抱き着くのか?と思ったが違った。
どこか理久を庇うようにして立っていて、理久は首を傾げた。
「泣いてんじゃねえか。そいつに泣かされたんだろ」
「違うから!泣いてた私に声かけてくれたの!」
「何で泣いてたんだ」
「それ、は……」
空気が重い。帰りたい。後ろの通路から逃げてしまおうか……
そう思い理久は少しずつ後退っていたが、それを許す跡部ではない。
「おい、待てお前」
思わず舌打ちが出そうになった。
「お前……一年の猫宮理久だな」
全校生徒覚えてんのか?ドン引きするような脳みそしてんなこのキング。
「美歩に何かしようもんなら容赦しねえぞ」
「はぁ」
跡部達がみんなこんな状態なのか。そらここまで過保護?にしてたら他の女子が黙っちゃいないよな。何よあんなぽっと出の女!!みたいな。
跡部の後ろにいる忍足達の表情も厳しいものだ。私は敵認定されたようです。
「何もなかったってば!!この子は関係ない!!」
「じゃあ何を泣いてんだお前は!」
そう言われて、美歩は押し黙る。
泣いていた理由は理久にも分からない。跡部達に言いたくないってことしか分からないや。
「私帰っていいっすか」
「ああ。そして二度と美歩に近づくなよ」
「はーい」
「あ……っ、待って…!」
いつもの無表情を顔に張り付けた理久がその場から立ち去ろうとした時、咄嗟に美歩に腕を掴まれた。
驚いて目を丸くしていると、理久の手に握られていたハンカチを奪われる。何事だ、追い剥ぎか!?
「これ!汚しちゃったから洗って返すよ…!」
「え゛!?いや全然汚れてないんで大丈夫ですよ!ほんと、気にしないで…!」
「洗って返すから!お願い…!」
お願い!?お願いされるようなことか!?
美歩の目には再び涙が溜まる。これ拒否し続ければまた泣くやつ。今回は完全に理久が泣かせたことになってしまうだろう。
「じゃ、じゃあお願いします…!」
「ありがとう……!」
くっ!
美少女の満面の笑みとはなんて破壊力抜群なのだろうか。こんなのそりゃ落ちないわけないよな。
「じゃああの、本当返すのはいつでも大丈夫なので、私はこれで」
「うん!またね!」
またがあるのか、つらい。
だがしかし今ここで雑に逃げてしまえば大変なことになりかねない、跡部達の表情が物語っている。何だあの険しさを極めたみたいな顔。親でも殺されたような顔しやがって。
大変腹が立つが、ここで言い返せばますますこじれるだろう。
理久は腹に力を入れてぐっと堪える。
「じゃー失礼しましたー!」
そして逃げるように理久はその場から立ち去った。
逃げる"ように"じゃない、普通に逃げた。
フラグは着実に立ち上がっている。