白石との話し合いを終え、咲良達の元へ戻る。
おかえりと声をかけられただいまーと返した。
ふと、咲良から問いかけられる。
「そういえば、理久、今日は化粧してないんだね」
……なんだと…?
「あ!せや!髪も巻いてへんし!理久朝おかしかったから言うん忘れてたわ」
関西弁の子は千昭という。
千昭は、あたしの長い髪をくるくるといじっている。
カミヲマク……?
高校生の時も同じ長さだったが、生まれてから一度も髪を巻いたことなどない。
化粧?遊びに行く時はするけど学校になんかしてこない。
しかも今中学生だよね?化粧?髪巻く?マジかよ
いつもは後頭部の中間くらいに髪をひとまとめに結んでいる。下ろしてれば邪魔だし切りたくないし。
しかし今日は朝から周囲の異変に髪を結うことを忘れていた。
「まあ化粧せんでも理久かわええからな、むしろ今のほうがええわ」
「でっへへへへ」
「可愛くてあんなイケメンな彼氏いて、女子の憧れだねぇ」
にやにやと咲良は理久を茶化す。
そうだ、まだ問題が残っていた。
白石とは、あの後時間もないのでこの話は保留にしていたのだ。
どっかで別れないと……あっちに申し訳ない。
「そ、そうね……」
さあどうしたもんか。
この先に出くわすであろうハプニングに備えあらゆるシチュエーションを考える。
備えあれば患いなし。
我が身のためにも最善の策を考えよう。
****
次の日、『いつも通りに髪を結び』、学校へ向かう。
今のあたしのいつも通りはこのポニーテールであり、巻かれたオシャンティーな髪型ではない。
前髪を切った次の日のような、少し緊張した気持ちで教室へ入った。
「理久おは……今日はやけにすっきりとした…初めて髪アップしてるの見た…」
「おはよう咲良。変かな」
「いや似合ってるよ。……前の髪型より似合ってる気する」
「マジで、やったー。動きやすくていい」
……?
咲良の表情がよろしくない。
口元は笑っているが、目が笑っていない。
咲良の初めて見る表情だった。
「……さく…」
「めっちゃトイレ行きたい、ごめん理久ちょっと行ってくるわ!」
「あー!うちも行きたい!」
「…行ってらっしゃい」
わざとらし……
どうしたんだろ………何か気に障るようなことをしたんだろうか。
何か嫌がるようなこと、したのかな。
気になってしまって。
つい、二人が入っていったであろうトイレへと向かう。
漠然とした不安が体中に広がり、心臓の音が耳をつんざく。
トイレのドアの横に静かに近寄ると、咲良と千昭の声が聞こえた。
「……理久さ、どう思う?なんか別人みたい」
「周りに嫌われてること気付いたんちゃう?今更身なり気にしたって遅いやんなぁ」
「身なりもだけど中身も、なんか全然違う気がする」
「あー………こないだまであんなぶりっ子やったんにな。白石くんもようあんなのと付き合ったよな。信じられへんわ」
「……理久でいいなら、あたしらでもいいじゃんね…」
ドクドクと大きな音を立てる心臓を、服の上から掴むように、胸元を押さえる。
ここに居ちゃだめだ、教室に戻ろう。
目の前が真っ白になる。吐き気がする。
少し荒くなった呼吸に息苦しさを感じながらゆっくりと自分の席についた。
震える両手を、少しでも不安から逃れるべく小さく握る。
咲良が、まさかなぁ………そうか、あたし嫌われてたんだ。
褒めてくれる言葉も、心配してくれる言葉も、咲良の本心ではなかったんだ。
(ていうかあの二人、白石が好きなのか)
まあありえなくないよな、あんな人気者。
そんな人気者をぶりっ子で周りに嫌われてるやつが独占したらそりゃあ…なぁ………
もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお何で前と後で人格違うの!?
あたしは前とは別人なのか!?なんでそんなことになってるの!?
なんでそういういらないことすんの!!?!?しかも覚えてないし!!!
どうすりゃいいってのよ!!!!
「ただいまー………って、理久何唸っとるん…大丈夫か?」
「理久顔色悪いよ……まだ具合悪い?」
いつの間にか戻ってきていた二人に声をかけられる。
反射的に顔を上げると、思わず頬を引き攣らせてしまった。やってしまった。
「お腹痛いん?保健室行くか?」
どうやら体調が悪いと勘違いされているようだ。
助かったと、二人に気付かれないようにほっと息をついた。
どうしよう、保健室行ってもいいだろうか。
少し頭を整理したいし、このまま授業を受ける気になれない。
もうすぐホームルームが始まる……それが終わったら先生に話していっそ早退してしまおうか…
「大丈夫大丈夫。だめだったら保健室行くわ」
「無理すんなよ」
「ありがとう」
咲良のそんな優しい言葉さえ、疑ってしまう。
そして何より、あたしを嫌いでもそんな優しい言葉をかけてくれる咲良に、心が痛んだ。
あたしだったらそんなことできないかもしれない。
嫌いな人に心を殺して、相手を気遣う言葉をかけるなんて。さすが咲良だと言うべきか。
ホームルーム中、ぐるぐると思考を巡らせる。
ここは、この世界は、もうあたしが知ってる世界ではない。
それは分かりきっていることだが、半分はあたしの世界が基になっているのだ。元の世界では何事も無かった人間関係がこじれているなんて、誰が想像できただろうか。
今まで通り咲良とは仲良しで、周りの友達とも仲良しで。
あたしの考えが甘かったのだろうか。
というか、あたしが何をしたというのだ。
人の世界を半分壊しておいて、水面下では人間関係も壊されて。
本当は元の世界でも嫌われてたとかならもう笑うしかないけどな。出家するしかない。
ははっ……過酷か…
何?これは何の試練なの?白石と付き合った代償なのか?こっちはこれっぽっち望んじゃいねえんだけどな?
いやまあ好きな漫画のキャラに?会えたのは?勝ち組とも言える幸運な出来事ではあるが?
だからって友達から嫌われるなんて最悪である。
『白石と付き合えたんだから』なんて言われたらもう殴るしかない。有難迷惑すぎる。
っつーかあたしの本命跡部様だし!?ふざけんなよ!白石悪くないけど!
「……理久…理久………顔めっちゃ怖い…」
「はっ……考え事してた…」
千昭に肩を揺さぶられ、我に返る。
ホームルームは終わっており、各々が一限目の準備をしていた。
自分も急いで準備をすると、教室内を見回す。
白石は忍足謙也と談笑をしていた。そんな二人をちらちらと遠巻きに眺める女子達。
咲良や千昭も、そんな女子達と同じだった。
他の子よりは少ないが、それでも同じ恋する乙女のような瞳で白石達を見る時がある。
じゃあ、あたしに出来ることとは。