04俯いてはいられない

部活へ行く者、帰路へつく者。
放課後はそんな人達で校内は少し騒がしかった。

咲良も千昭も部活へ入っていたので、ホームルームが終わると早々に部活へ向かって行った。
そんなあたしは部活へは入っていない。
何となく想像はつく。
どうせ放課後は毎回テニス部にでも行ってたんじゃないかなぁ……呆れるわ…

あたしがまず優先的にやること、それは友達との信頼回復だ。
そもそも信頼なんてなかったのかもしれないが、じゃあこれから築いていきたい。
一人で学校生活を過ごせる程あたしは強くないんだよ



自宅へ帰るとすぐさまランニングウェアに着替えた。
髪をしっかり結び直し、玄関前で軽い準備運動をすると、走り出した。

小学校中学校は陸上部で、長距離を得意としていた。
高校に入ってからは陸上部も考えたけど、遊びたい欲やバイトしたい欲に負けて部活は入らなかった。
けど走ること自体は好きで、暇な時、体を動かしたい時、落ち込んだ時、その都度納得するまで走った。

イヤホンをして好きな曲をシャッフルして聴きながら黙々と走る。
納得して走り切った時、何キロ走ったのか見るのを楽しみにしながら、今日の不安を払拭するためにただひたすらに走る。
少しずつ陽が落ちていくのを感じながら、走れば走った分だけ心が軽くなっていった。

こんな簡単であればいいのに。
これを走り切ったら、明日はあたしが知っている咲良がいて、高校生に戻っていて、また辛い受験勉強をしなきゃならないあの日々に戻っていればいいのに。
辛かったけど楽しかったのも事実だ。
今なんかより、ずっと、ずっと。
考えていたら目元が潤んだ。泣いている場合じゃないんだよと自分を心の中で叱咤する。
それでも涙は溢れるように頬を伝った。

そんなクソ最悪なタイミングで、向こうに見知った人間達がいる。


「猫宮さん?」

テニス部だ。当然白石もいる。
白石はこちらを見るなり目を見開いて、声をかけてこようとした。
けどこちらはイヤホンをしていたのもあり、気付かれる前に涙を拭って軽く会釈をして横を通り過ぎた。

部活終わりっすかーーーーーー次走る時はこのコース排除だな。
君が悪いわけじゃないけど、だからこそ距離を置かなきゃならない。
後で電話しよう、関係を終わらせるために。

****

「今の、猫宮先輩っすか?」
「ああ……そうなんやけど、何か泣いとったような」

あの去り際の猫宮さんの顔、泣いてるように見えた。
目元を拭った仕草は、涙を拭ったからではないだろうか。

「あんなに部室まで押しかけて来てたのにいきなり来ぉへんくなりましたね。別れたんすか?部長」
「……いや、そういうわけではないんやけど」

財前の怪訝そうな表情に、まだ自分が知らない事実があったことに内心焦った。
猫宮さんが俺にアタックしまくってたっちゅーんは何となく周囲の言動で理解した。本人も知っているみたいやったし。
…あと、これは知っとるかわからへんけど、猫宮さんは陰ではみんなに嫌われとる。
表立っていじめとかはないみたいやけど、陰口をよく耳にした。
大方俺の耳に入れて別れさせようっちゅー魂胆やろうけどな。
テニス部のメンバーも、猫宮さんのことを良く思っていない。謙也でさえ。
財前はもう見た感じ毛嫌いしている。あからさま過ぎや。

「白石もどこがええねんあんなぶりっ子。誰がどう見たってぶりっ子やてわかるやないか」

そう言うのはユウジだ。
まるまる本音だろうな。棘しかない。

「前はそうやったかもしれんけど、今そんなことないで?めっちゃええ子や」
「はー!ないない!あんな白石しか見てへんような、そんでもって自分の友達蹴落して白石に近付こうとする奴ええ子なわけないやん!」

信じられへんとでも言うようにユウジが悪態をついた。
どうやら、猫宮さんの前の人格?というのは相当なモンやったらしい……
そしてそんな子と付き合った俺も相当やったな……
頭が痛くなるような感覚に、眉間を押さえる。

「にしてもホンマ最近近寄って来んくなったよな、何かあったんか?」

不思議そうに首を傾げて問いかけてくる謙也に、俺は首を振った。

「何もあらへんよ」

今は、まだ。

****

夕食とお風呂を済ませ、自室のベッドに腰掛ける。
充電器に繋いでいたスマートフォンを手繰り寄せれば、連絡先を開いた。
そこからある人物へ電話をかける。
アポを取っていないため出ない可能性もあったが、もうかけてしまったので仕方ない。

『はい』
「こんばんは、夜にごめんね」
『ええけど、どないしたん?』

電話の相手は白石だ。
部活で疲れている時に申し訳ないが、早々に済ませておかねばならないことがある。
それは、直接会って話すよりも電話のほうが早い。

「別れようぜ!」
『んんんッ!?何やの急に!』
「いやー以前の自分ならいざ知らず、今別にお互い好き合ってないでしょ?周り誤魔化して過ごすよりも別れちゃったほうがやりやすいと思うんだよねぇ」
『分からなくもないけど……付き合ってから日浅いやんな?ええの?』
「後々面倒になるだろうし今のうちがいいと思う。君にも申し訳ないしさ」
『……そんなことあらへんよ。じゃあそうしよか』
「うん、ごめんね疲れてる時に。それだけでしたー」
『なあ猫宮さん』
「ん?」
『今日泣いてへんかった?』

何見てんだこいつは。
結構な距離あったぞあん時……これだからスポーツマンは…
舌打ちをしそうになる気持ちを抑え、小さく息を吐く。

「…そんなことないよ。見間違いじゃないかなぁ」
『……それならええんやけど。にしてもフォーム綺麗やったな』
「小中は陸上部でねー。長距離やってたんだよ」
『あれ?高校は?』
「バイトとかしたくて入らなかった…」

自嘲気味に笑ってみる。
馬鹿にされるのくらい慣れてるやい……

『働いてたん?偉いなぁ』

思いがけない一言に、瞬いた。

「褒められるとは…」
『偉いやんか。小遣い稼ぎ?』
「そー。あんまり親のお金アテにするのもさ、さすがにさ……高校生になると色々欲しいもの出てくるしねぇ…」
『せやろなぁ……』
「ま、早めの社会勉強も兼ねてね。まだ高校生っていう盾があるから難しい仕事とか任せられなかったからそれなりに楽しかったよ」
『……猫宮さん、大丈夫か?』
「何が?」
『声が、泣きそうやで』

そうか?
実際別に泣いてないし、なんとも思わなかった。
元々そんな声なんじゃないかなぁ

「気のせいじゃない?」
『………何かあったら、いつでも相談してええんやで』
「あたしは何の心配をされてるの……!?大丈夫だってば!」

そう言うと、電話の向こうで微かに笑う声がした。

『ならええんや。もし相談事とかあったら遠慮なく俺を頼ってや?』
「あいあいー。ほら寝て寝て!ゆっくり休んでまた明日から頑張ってくれたまえ」
『偉そうやな!』
「一応中身年上だしね、あたし」

じゃあねーと言って一方的に電話を切った。
おかしなことを言うなあなんて思いながらそのまま眠りについた。


「…………猫宮さん大丈夫やろか…」