08お母さんが増えたようだ

ライブ当日。
元々このライブは住んでいた東京のとある会場での開催だったが、今の居住は大阪。
よくよくチケットを見てみると、大阪の近場の会場となっていた。安心した。
これで変わらず東京とかだったら身投げするところだった。

もし、もし仮に、会場で学校の人とかに見られたら何を言われるかわからないので黒いキャップに黒い大きめの伊達メガネを装備した。
既に購入していたライブTシャツにスキニージーンズとラフな格好ではあるが、まあライブだからいいっしょ。
軽い化粧をして、唯一の洒落っ気とばかりにシンプルなネックレスをつけていた。
マスクもしてこようかと思ったけど苦しいし耳痛くなるのでやめた。

会場入りまであと10分、ドキドキとワクワクが止まらない。
キリキリと痛む腹が今日が待ちに待ったライブだと実感させてくれる。
…………隣の席があれじゃなければなぁ…

「はぁ…」

会場の外で彼を待ちながらスマートフォンでSNSを眺めていた。
今日何の曲やるのかなぁ、こないだ出たアルバムが基準として、あれやるかなぁ……あれも聴きたいなぁ…
SNSを見ていたはずがいつの間にか音楽アプリを開いていた。

ずっと下を見ていたせいで気付かなかったが、ふと、目の前に誰かの足があることに気づいた。
不思議に思いながらゆっくり顔を上げると、むかつくほどにイケメンな私服姿の財前光がいた。

「びっ…………くりした……声かけなさいよ…」
「いつ気付くかな思て」
「試すな……」
「一瞬迷いましたけどね。今日男みたいやないすか、先輩」
「いやあんまり目立たないようにシンプルにしてきただけなんだけど」
「逆に目立っとりますよ、ほら」

クイ、と親指で自分の後ろを指す彼に不思議に思いながら彼の後ろをひょいと窺うと、女の子達がこちらを見てヒソヒソと何かを話していた。

「君が目立ってんじゃないの」
「俺が来る前からあんなんでしたよ」
「マジ、モテ期到来」
「何喜んどるんすか」

呆れたように溜息をつかれた。

「あ、会場入り始まった。はいチケット、まあ席は隣同士だけど各々楽しみましょう」

そう言ってチケットを彼に差し出した。……が、彼はそれを受け取らない。なんだ、入らんのか?

「俺一人で入らせる気っすか」
「そういうの気にすんのあんた……心弱いの…?」

憐みの表情を向ければ鋭い平手があたしの頭を叩く。

「アホなこと言うとど突きますよ」
「もうしてるよ!!!」

****

会場に入り自分達の席に着くと、あまりのステージの近さに息を飲んだ。
被っていた帽子を脱ぎ席に座る。

「…………無理、やばい、近すぎ、どうしようこれ直視できないもう泣きそう」
「言うときますけど他の人らみたいに騒ぎながら見たりしませんからね、ノリ悪い言われても困りますから」
「そこは人それぞれじゃない?あたしはガンガン騒ぐからごめんな!」

別にライブをその人がどう楽しもうが、周りに迷惑をかけなければそれでいいと思う。
ここに来ている殆どは、このバンドが見たくて、音楽が聴きたくて来ているのだ。
それだけで充分だと思う。
かく言う彼も、好きだから来ている。なら別にどう楽しもうがその人次第だ。

「へえ、珍しくまともなこと言うんすね。ちゅーか最近どないしたんですか、前の面影無さすぎやん」
「ぶりっ子疲れるからやめただけ〜今日何の曲やるかなー」

彼の言葉を軽く流しスマートフォンに視線を落とす。
これまでのライブのセットリストを見ながら今日やる曲に思いを馳せていた。
ああ、あれも聴きたい、これやってくれたら当分生きていける、あの曲はやらないよな多分……そんなことを考えていると、突如横から伸びた手にスマートフォンを取られてしまった。

「なんだよもう」
「人が話しとる時にスマホいじらんといてください」
「あんたあたしのこと嫌いなくせにやたら絡んでくるな、寂しがり屋かって」
「俺だけやない、全校生徒から嫌われてますよあんた」
「知ってますぅ」
「何ともないん」
「嫌われてても何故かみんな表面上は仲良くしてくれんだよね、だからいいかなって。もう少しすれば卒業だし、殆どの人は会うことなくなるでしょ」
「相変わらず神経図太いんすね」
「ありがとう」

にっこり笑ってスマートフォンを奪い返すとわざとらしく顔を背けた。
まったくもーうるさいんだよ、関係ないでしょうが

「うわ始まるやばい始まる緊張してきたうっふああああああ」
「先輩きもいっす」
「おだまり!」

****

「最高だった…………え何……SEから最高だったし……まさかあの曲やってくれるなんて…嘘だろ……やばい泣ける…」
「ホンマに泣いてる」
「今日のセトリ神じゃね……いやもう何でも最高だけど今日のやばかった……近年稀に見る貴重なセトリ……有難い……」
「拝まんといてくださいよ怪しい……」
「帰ろ、帰ってレポ書きましょ、覚えてるうちに早く書きたい」

財前の話を聞いているのか聞いていないのか、興奮冷めやらぬ様子でとりあえず覚えている単語や話の内容を簡単にスマートフォンにメモした。
あああああああああもう好き過ぎる……一生ついていくわ…



「いやー!今日はホントありがとね!チケット無駄になんなくてよかったわ!!もう最高だった!!学校行きたくねえな!!」

バッシバッシと財前の肩を叩くと心底嫌な顔をされた。もう慣れました。
もう暗いからと帽子はせず、代わりに首にはライブタオルがかけられている。

「先輩やかまし………まあ、一応来れたんは先輩のおかげやし、礼は言うときますわ、一応」
「お礼とか言うの君のキャラじゃない」
「俺のことなんやと思っとるんですか」
「まあまあ。じゃ!帰るわ!君も気を付けて帰れよ!」

そう言ってその場を後にしようとしたが、誰かに腕を掴まれた。
結構な勢いで歩き出したからいきなり腕を掴まれ肩外れるかと思った。

「いだだだだ何!?」
「光」
「は!?」
「財前光。君とかあんたやない、名前あるんやけど」
「知ってるよ!?だから何!?」
「名前で呼べ言うとるんやアホ」
「アホ!?」

一応先輩に向かってアホって!?ぶ、無礼である!無礼であるぞ!
この上なく不機嫌さが顔に出ている彼は、未だに腕を離してはくれない。
何であたしを嫌ってるやつをわざわざ名前で呼ばなきゃならないんですか

「ま、今までのことは水に流したりますわ」
「すごい上から!」
「俺も理久先輩って呼びます」
「勝手に!」
「ほなまた学校で」
「また会う気!?」

そう言って財前光は去っていったのだった。
なんなの、何がしたかったのお前は。
しばらく彼の背中を凝視していたが、ふと我に返り自分も帰路についた。
会場の敷地内から出ると、何か、見覚えのある人がウロウロしていた。
………いやないない、まさか居るはずない……
自分にそう言い聞かせながらその相手をじっと見ていると、あちらもこっちに気づいたようだった。

「…………………何してんの白石」
「いやッ、その、ちょっと用事があって…」
「こんな時間に?」

時刻は夜の8時を回っていた。中学生が一人でうろつくには危ない時間だ。
…………あたしは大目に見てほしい。

「…………その、ちょっと心配でなぁ……財前とは仲良く楽しめたか?」
「んまあそれなりにね。部長も大変だねぇ、後輩の心配もしなきゃいけないんだから」
「財前もそうやけど、俺は猫宮さんも心配やねんで?」
「何で?」
「何でて……せや、女の子が一人で帰るには危ない時間やろ、送ってくわ。どうせ財前はさっさと帰ってしまったやろ」
「まあ……」

帰り際ひと悶着あったけどな。

「ほな帰ろか」
「白石………暇なの?」
「失礼!猫宮さんめっちゃ失礼!俺なりに心配して来たんに!」
「あーハイハイありがとねー」
「心が荒んでしもた……」

眉を下げ落ち込んだ表情の白石に少し心が痛んだ。
何はともあれ一応心配して来てくれたのだ、一応感謝せねば、一応。

「ほら帰ろ帰ろ、来てくれてありがとね!」

しょぼくれる白石の背中を両手で押す。
白石は未だしょげた顔をして、こちらを顔だけで振り返った。

「うはは、情けない顔だな」
「猫宮さんがいじめるからや」
「ごめんて!(笑)ほらせっかくのかっこいい顔が台無しよ」
「ホンマに思とるんかそれ」
「思ってる思ってる、ね」

丸まった背中をさすってやり笑いかけると少し驚いた顔をして、彼もまた笑ってくれた。
ちょっと頬が赤いのは、ただの見間違いだろう。

ライブが終わるまで手持無沙汰だったのだろう、白石が待ってる間買ってくれていたペットボトルの飲み物をくれた。
正直有難かった。
どんなライブだったかとか何を演奏したとか、興味ないであろう話をひたすらしても白石は最後まで話を聞いてくれた。
あたしの家につくと、白石は何故か人の頭をわしわしと撫でる。

「なんじゃい」
「いやあかわええなと思て」
「同い年!!」
「そやったか?」
「お前!!」
「今日の仕返しや」

けらけらと笑って今度は両手でもみくちゃにするように撫でてくる。動物かあたしは。

「猫宮さんは俺とあんまり話したくないようやけど、俺はもっと猫宮さんと話したいと思っとるよ。せやから覚悟しといてな」
「スルースキル磨いておくね」
「照れ隠し」
「全然違うんですけど」