「めっちゃむかつく練習時間削られたのあたしのせいじゃないし絶対」
朝貼っていた湿布よりも大きめの湿布を千歳に貼ってもらいむしゃくしゃするのでいつものランニングコースを爆走していた。
考えれば考えるだけ苛立ちは増すばかりだが、あんなの納得できるわけないので嫌でも考えてしまう。
確かに根本的な原因はあたしで、騒ぎが起きるのもあたしのせいで。
くそ!大元があたしのせいなだけあって何も言えねえ!!ちくしょう!!
いつもなら走れば走った分気持ちが軽くなっていくはずなのに、何故か今日はどんどん落ちていく、重くなっていく。
何であたしがこんなに悩まなければならないのだ。何であいつらのことで悩まなきゃなんないんだよ。あたしが悩むべきは咲良達のことだけなのに
あーあ、何でこんな所に居るんだろう。今頃大阪帰ってバイトして家でお母さんのご飯食べて弟とアニメ見て、もしかしたら咲良達とも遊んでたのかもしれないのに。
ぐるぐると巡る思いはあたしのネガティブな面を引き出してくる。
こんなはずじゃなかったのに、彼らはただ漫画のキャラクターで関わることなんか絶対無くて。そんな彼らのことを咲良と楽しく話して、想像に華を咲かせて、嫌いな勉強と格闘して。
白石も同じ境遇とは言えリスクを背負ったのは殆どあたしだけだ。
その上周りから嫌われ心から本音を言える相手なんて居なくて。
こんなことなら、こんなに悩むなら、どうせここには元々あたしは居なかったんだ。今更消えたってなんてことはないだろう。
そうだよ、元に戻るだけなのだから、今すぐ消えてしまいたい。
きっとみんなは喜ぶでしょう。
お母さんも弟も居るけど、この世界にあたし独りな気がしていた。周りに人がいるだけで、どの輪にも入れないあたしはどこに行っても独りで。
何であたしだけ、何であたしだけなの。何であたしだけこんな思いをしなきゃならないの。
嫌われて平気なんて人はほんの一握りでしょう。少なくともあたしは平気ではないよ。
けれど否応なしに嫌われてしまっては、平気になるしかないんだよ。
今だけ、今だけと自分に言い聞かせて平気なフリをして、強いフリをして。
ああ、咲良だけには嫌われたくなかった。一番仲の良い友達。
何で仲良くなったんだっけなぁ……もう思い出せないや
気が付くと脚は止まっていて、ただその場に立ち尽くしていた。
丁度木陰だったようで夏なのにそよぐ風は心地いい。
目は涙で濡れて、誰も居ないのをわかっていながらそれを隠すようにしゃがみ込んだ。
悲劇のヒロイン気取りかよ、我ながら女々しすぎてかっこ悪い。
ぽつり、『つらい』と口から零れた。
「理久!」
すぐ後ろから白石の声がした。驚いて思わず振り返ると、バランスを崩して背中から後ろに倒れそうになる。
「うわわわわ」
「ちょ!理久!」
伸びてきた白石の手を、あたしは掴むことができなかった。否、掴まなかった。
すぐ伸ばせば確実に届いたその距離で、それができなかったのだ。
白石もあたしが手を伸ばしてくれるものだと思っていたせいで、掴むものが何もなかったものだからそのままあたしの上へと倒れこんだ。
背中いってぇ
「白石大丈夫?」
「それはこっちのセリフやアホ。頭打ってへんか?」
「大丈夫大丈夫、石頭だから!」
「そういう問題ちゃうねん…」
やだあたし白石に押し倒されたみたい。興奮するわぁ
そんな呑気なことを考えていると白石に抱き起された。恥ずかしい。
「すまないね……ところで何か用事?」
「いやそういうわけやないけど……理久、泣いとる」
忘れていた。
今ので涙は引っ込んでしまったが、既に目に溜まっていた涙がぽたりと零れる。
ここに来てから良い事なんて一つもない。こんなかっこ悪いところまで見られて、マジで消えたい。
近くのベンチに二人で座り、あたしは気まずくて視線を下げたままだ。
「やっぱりさっきの真田クンのビンタ痛かったんか?」
「違う違う、痛かったけどあれはどうでもいい」
「ほな何で泣いとるん」
「目にゴミ入ったから痛くてしゃがんでただけ。取れたっぽい」
「理久、嘘つかんで」
じっとあたしの目を覗き込んでくる彼の目は、あたしの頭の中を全て見通しているかのような鋭さがある。
そんな目に見つめられてしまえば、どれだけ嘘が上手くても一瞬たじろいでしまうだろう。
「何でもないよぅ」
「……今更こんなことになってから、言うのは卑怯かもしれんけど、……理久を連れてくるべきやなかったな。ホンマごめんな」
「ホントだよ。嫌だって言ったのに跡部くん強引過ぎるんだもんなぁ」
「…怪我させるなんて、全然想像してへんかった。うちはそこまでやないけど、他の学校のやつらが少し女嫌いなんは知っとったけど、理久なら大丈夫や思ったんや」
「それはあたしが何ともなく過ごせるだろうってこと?」
「いや。理久相手ならあいつらも打ち解けれるんやないかって。あいつらが相手にしてきた女の子と違って理久は誰に対しても裏表ないやろ。…せやから少し期待しとったんや」
買い被りすぎだ。人間だもの、裏表くらいある。
ただ今はそれを出さないだけであって、いつか必要な時がくれば自分を偽るだろう。
「いやいやいや期待し過ぎだから。あたしだって人間なんだから、もしかしたら今のあたしは白石達に気に入られるために作り上げたものであって本当は違うかもしれない」
「それはないなぁ。それが本当なら、財前が懐くはずないもん」
「財前を欺くくらい演技が上手いってことよ」
「ないな」
「何でそこまで断言できんのよ」
「勘」
「何じゃそりゃ」
「あの日から理久と関わってきた俺の体が、そんなことないって言うとる」
「随分と信用されちゃったなぁ」
「理久」
いつの間にか逸らしてしまっていた視線を再び白石に戻す。
何故か彼は、悲しそうな、苦しそうな、泣きそうな顔をしていて。
何でそんな顔をお前がするんだと首を傾げた。
「辛い時は、辛いって言わなアカン」
「辛くないよ」
「さっき言うてたやろ、俺耳ええねん」
嘘だ、あんな小さい声聞こえるはずないでしょ。
言った本人でさえ聞き取りづらい程の大きさだったんだからな。
「理久がどんな悩み抱えてるか俺はわからへんけど、溜め込むのだけはやめてや。ふらっと居なくなりそうで怖いんや」
「居なくならないよ」
「……嘘やな」
そう言って白石はあたしの体をぎゅう、と抱き締めた。
暑いから勘弁してほしいななんて、言ったら傷つけるだろうか。
頭ではそんな馬鹿なことを考えていても、白石から感じる温もりはとてもあたたかくて、荒んだ心に痛い程沁みたのだ。
「……あたし咲良達に嫌われてるんだぁ」
「うん」
「高校生の時、咲良とは一番の友達で、世界が変わってしまった前の日だって一緒に勉強して漫画読んでまた明日ねって別れて」
「うん」
「いつもと変わらずおはようって会うはずだったんだよ」
「うん」
溢れる言葉に比例して引っ込んだはずの涙も溢れてくる。
「なのに何で、こんなに変わっちゃったの。あたしが何したっていうの。あんなに仲良かった咲良にまで嫌われて、あたしの居場所なんて無くて、それでももうこの世界で生きていくしかないんだよ。地獄で生きてる気分なんだよ」
「……うん」
「中学を出ればまた新しい関係を築けばいいって、そう自分に言い聞かせてたけど、やっぱり咲良とは離れたくなくて、でもそうできないこの現状が辛くて苦しくて、いっそもうあたしなんて無かったことにしたいよ。今すぐ消えちゃいたいんだよ」
「……すまんな、それはさせれん」
抱き締めてくれている腕の力が強まる。
より体を密着させ、痛いと思ってしまう程きつく締め付けられた。
「理久が消えてしもたら俺どうしたらええん。俺を独りにする気ぃか?」
「白石にはたくさん居るでしょ友達」
「ちゃう、この世界にはある意味俺と理久二人だけやろ」
「何だそれ」
「どれだけ仲良くても、俺と理久しか分かり合えんことがあるやろ。俺かて不安やったんやからな、急に周りがおかしいんやもん。けど理久が居ってくれたからいつもと変わらない俺でいられたんや」
「何もしてないけどね」
「そんなことあらへんよ。心強かったんやから。……けど俺はどこかずっと理久を頼るばっかで理久の気持ちは考えてへんかった。こんなに辛い思いしとるなんて考えてもみなかった。気付けへんくてごめんな」
違う、気付いてほしかったわけじゃない。
これは誰にも、あたししか解決することができない問題なんだから。それは白石にも分からないだろう。
気付いてもらえたとして、解決させるべきは自分自身なのだから。
「白石が謝ることじゃない。あたしが意気地なしで弱虫だから、こんなかっこ悪いところを見せちゃったんだよ。誰も関係ない。全ては自分次第で良くも悪くも変わっていくんだから、あたしが頑張らなくちゃ意味がないんだよ」
白石の為になっていたというなら、それは喜ばしい。
あたしなんかでも誰かの為になれたんだって、素直に嬉しくなった。
「大丈夫、白石に本音が吐けただけで随分スッキリした。……誰かに吐き出したかっただけなんだよね結局。きっともう迷うことはないと思う」
「理久の大丈夫は大丈夫やないと思うわ。そんな俺を突き放すみたいなことせんでよ、ホンマに独りになってまうやんか」
「白石が独りになるわけないでしょ、やかましいのが周りにたくさん居るんだから」
「そのやかましいのに理久かて含まれとるんやからな」
「あたしやかましくなくない?超クール系じゃない?」
「それ本気で言うてるん?もうちょい自分見つめ直したほうがええと思うわ」
「慰められてたはずなのに急にディスられ始めたんだけど…ていうかいい加減暑いわ」
「暑いて酷いわ……俺かて暑くても我慢しとったんに」
「ひでぇ……」
体を離すとどちらともなく見つめ合う。そして笑った。
この世界で唯一無二の存在。それはあたしにとって白石であり、逆も然りである。
次は白石に泣きつかれることを目標に、今日だけは弱い自分を自分で許してやろう。