04

顔を覗かせた日吉に、理久は初めて彼がいい人に見えてしまった。

「安堵で涙が出そうだよ」
「何の話だ」

訳が分からないという表情の日吉に、理久はクリアファイルを差し出した。

「これ、日吉くんに渡してって担任の先生に頼まれて……」
「ああ…別に明日でも良かったのに」
「先生慌ててたから急ぎのやつかと思った……やられた…」

何故あそこまで慌てていたのだと、理久は目を細める。ちくしょうそれならこの時間も心労も無駄ではないか。

「立花に渡せば良かったんじゃないか?」
「自分で渡せって押し切られた……もう疲れた帰る」

妙に重い疲労感がドッと押し寄せ、くるりと踵を返した。
部室の中から数人こちらを覗き込んでくる人達がいる。怖すぎる。

「待て」

早歩きで立ち去ろうとした理久を日吉が呼び止めた。
何か文句でもあるのだろうかと振り向けば、さっきの丸眼鏡の彼に何かを伝え、こちらへ向かってくる。

「そこまで送る」
「何故!?」
「ハイエナの餌食になりたいか?」
「は?」

くい、と日吉が顎で指した先には、目をぎらつかせ射止めんばかりの殺気を放つ女子達がこちらを見ていた。
もはや今すぐ死んでしまいそうだ。

「泣きそう」
「恨むなら立花を恨め」
「そうする」

それにしても、と理久は思う。
日吉は他人に関して無関心だと思っていたので、こういう紳士的な対応をしてくれるとは露程も思わなかった。
他人に興味はないが、彼にも人を気遣うという心はあったようだ。

「部活前に本当ごめん…」
「別に。今日のせいで後々お前が虐められたとしたら気分が悪い」

何でもないことのように彼は言う。

「寧ろこうやって一緒に歩いてたらますますヤバイんじゃ…」
「あのハイエナ共は殆ど先輩らのファンだから大丈夫だろ、……多分」
「多分」

日吉と話したことが殆どない理久だったが、妙に心地の良さを感じてしまう。きっと無理に取り繕わなくてもいいからなのだろう。
日吉はただのクラスメイトであり、隣の席同士という関係だ。極端な話、どう思われようとも関りが殆どないので猫を被る必要も機嫌を窺う必要もない。
いや、機嫌はそこそこ見ておいたほうがいいのかもしれないが。
ハイエナもといファンの子達の側を通ろうとした時、耳をつんざくような黄色い歓声が上がった。
思わず耳を塞いでしまう。
吃驚し過ぎてバクバクと激しく脈打つ心臓を押さえながら、隣を見ればしかめっ面で耳を塞いでいる日吉が居た。

「どうせ先輩達が出てきたんだろう」
「あー……あ、多分そうだね」

ちらりとコートを振り返れば、先程の丸眼鏡の彼を含めた数人がぞろぞろと歩いていた。
その光景を眺めながら、無意識にぽつりと言葉を漏らす。

「すごい部活入ってるねぇ、日吉くん…」
「反応に困る感想だな」

そう答えた彼は、フッと小さく笑った。
彼は笑えるのかと、理久は驚きと共に感動を覚えたのだった。