ついに大阪へ帰る時が来た。長かった。いや本当に。
持ちきれない荷物は跡部が送ってくれるらしい。太っ腹ぁ!ありがとう!ありがとう!
多少疲れてはいるけどルンルン気分で手荷物を持って新幹線行きのバスへ向かう。
「理久さーん!」
「おー赤也くん、お世話になったねー!元気でね!」
「え!?」
「え?何?」
ドーンとタックルをかましながら飛びついてきた彼にそう言うと、何故か酷く驚いた顔をしていた。
え……え?えって何だ?
「………ああああああ!!理久さん大阪だった!!!!」
「えー…………」
「一緒に帰れると思ったのに!!」
「え?神奈川に?え?」
「うわあああああ嫌っスもっと理久さんと遊びたい!!」
そこまで遊んだ記憶がない。なんて言えなかったけど、泣いてあたしに縋り付く赤也をとりあえず宥めた。よしよしと背中をさすってやると、抱き着く腕の力が強まる。
あっつい………可愛いけどあっつい……懐きっぷりが半端なくて混乱…
「こら赤也。猫宮さんを困らせちゃいけないよ」
「部長ぉおおおおお」
「……仕方ないな、じゃあ猫宮さんは立海でもらおうか」
「待て待て待て」
幸村の一言に待ったをかけたのは白石だった。
困った表情で幸村にツッコミを入れると無理矢理赤也を引き剥がす。
「理久は四天宝寺のやから無理ですー」
「白石達だけずるいよ、こんな面白い子と居れるなんて」
「ずるないわ!」
「もうちょっとこっちに居なよ、ねえ猫宮さん」
「いや帰りたいよもう…」
「えー」
えーって。幸村がえーって。かわいいッッッ!!
可愛さでにやけそうになるのを耐えるため舌を噛む。あだめだこれ舌噛み切りそうだ、今すぐ叫びたい。可能なことなら幸村わしゃわしゃしてやりたい。クッソこんな目の前に居なけりゃ叫び放題だったのに……!!!
耐え切れず白石の背中に抱き着くとにやける顔を隠した。あーだめだだめだ、ポーカーフェイスなんてできたもんじゃない。心を閉ざせないわ。
「猫宮さんて、白石のこと大好きだよね」
「まあね!!」
「否定しないんだ」
「白石は好きよ!!何だかんだ世話焼いてくれるから!!」
「せやから誰がお母さんやて!!」
「ふふ、いいなあ、やっぱり欲しくなるな」
「やらへんよ!?」
泣く赤也を宥め、また会おうと約束をする。「絶対ですよ!!」と涙ながらに叫ぶので、とりあえず「わかった!!」と言っておいた。どうなるかわからんけどな!!会えたらいいね!!
赤也がひと段落すると、何かちっちゃいのが集まってきた。向日と越前だ。
「今度ライブ行く時誘えよ!!」
「あ、いいね、東京公演今度一緒に行こう」
「ポンタ」
「最後まで集るのね……いいけどさ…次会った時ね…」
「ん、絶対ね」
はあああああああああん可愛い死ぬッッッ
ちょっと白石どこ!?白石!!?あたし舌噛んで今すぐ死ぬ!!
「どうしたの?」
「なんでもない……」
口を手で押さえ必死に耐えるあたしに越前は心配そうに尋ねる。やめてくれ首を傾げないでくれ、ほんと、舌が何個あっても足りないじゃないか。今まで幸せだったんだなあ、可愛いを可愛いと叫べていたあの頃、幸せだったんだなぁ
舌を噛む寸前白石に回収されバスに乗る。助かった……
窓からみんなにバイバイと手を振り、一息ついた。
「よう耐えとったな」
「舌噛み切りそうになったけどな……」
「やめろ!ホンマに噛み切ったらどないすんねん!」
「それがあたしの運命よ……死因:萌え」
「全然笑えへんわ!」
****
無事に帰宅をして、真っ先にベッドに向かう。あー明後日から学校だーだりーなー
ばたりとベッドに倒れると懐かしい自分の匂いに、急激な眠気を誘う。ああ帰ってきたんだな、そんな安心感もあってか、ものの数秒で眠りに落ちた。
翌日はしっかり休み、ついに登校日を迎える。っかー行きたくねーなんて思いながらノロノロと支度をして、母親に行ってきますと声をかけ家を出た。
久しぶりに会うクラスメイト達に声をかけ席につく。咲良達にも軽く声をかけ、幸いにも挨拶が返ってきたのでバレないようにほっと息を吐いた。この離れている間にもあたしとの溝が深まっているんだと思うと不安しかなくて、学校に来るのがとても怖かった。
「理久おはようさん、どないした、顔暗いで」
「おはよう白石。帰りたいなって」
「ホームルームも始まってへんやんか」
「だってさー」
咲良達の視線を感じる。何となくだが、白石を好きなのは咲良だけな気がする。千昭は咲良を応援していて、一緒に居るのではないかと。今、二人があたしを見て何を思っているのかは分からないが、きっと穏やかではないだろう。
夏休みが明けてすぐ、事態は動く。いや、もう夏休みに入る前から予兆はあったのだろう、咲良への嫌がらせが始まったのだ。
白石と楽し気に話す度に嫌がらせの回数は増えていく。廊下でわざとぶつかってみたり、分かりやすいところに靴を隠されたり、陰口を言われたり。夏休みが明けてからほとんど咲良達と行動をしていない。あたしが一緒に居ると、白石はあたしにばかり話しかけてくれるからだ。自分の好きな人が、自分の嫌いな人と仲良さげにしていたら不愉快極まりないだろう。ただのあたしのエゴなのかもしれない。けど、自分だったら嫌だもの。
嫌がらせを受けていると咲良達から直接聞いたわけじゃない。だからあたしから口を出せないし、出したところでどうなるわけでもない。きっと嫌がられるだろう。何故お前に言われなきゃならないのかと、何故お前は何も無かったのに自分だけ、と。
ああ、こんなにもあたしは汚い。咲良にどう思われるか怖くて、足がすくむのだ。助けたい、けど、助けるなんて何様だろう。そんなに偉くなったのかあたしは。助けるくらい力と勇気があたしにはあるのか。
答えは全て否だ。
嫌がらせは日々エスカレートし、時折千昭が不安気な表情でこちらを見ていることが増えた。助けてと、言っているのだろうか。あたしに助けを求める程、きついのだろう。元気が無くなっていく咲良を白石は度々心配そうに声をかけている。…いいことなんだけど……現状が現状だしな…手放しで喜べる状態じゃない。けど、あたしが動けるわけでもないのだ。
ある日、咲良は数人の女子に呼び出されたようだった。
黙って見過ごすこともできなくて、何ができるわけでもないのにこっそりと後をつける。校舎の陰で言い争う声が聞こえた。咲良は必死に言い返していたが、逆上した一人の女の子の手が上がる。それはだめだ、だめだよ、咲良が怪我なんてしたら……!
思わず体が反応して、間一髪のところで振り上げられた手を掴んだ。
「理久……」
「猫宮さん…!何すんねん離せや!」
「暴力は、だめだと思う」
「そもそもこの子が白石くん横取りしようとするから…!」
「白石は誰のものでもないでしょう」
彼女はカッと顔を赤くして、掴まれた手を思い切り振り払う。
「猫宮さんかて!この子に利用されとっただけなんやで!?ホンマは猫宮さんのこと嫌っとるくせに白石くんと話したいがために一緒に居っただけなんやからな!!」
ああ、だろうな。何となくそうじゃないかと思ったよ。気付いたの最近だけど。
嫌われてたのは最初から知ってたから別に何とも思わない。だからあなたが何を言おうと、あたしは咲良の味方なんだよ。
「それ咲良が言ったの?あなたの勝手な思い込みじゃないの?」
「ちが……!!」
「埒が明かないな〜白石呼んじゃうぞっ」
「ッ!!」
ちらりとスマートフォンを見せると、女の子達は慌てて走って行った。その後ろ姿を見送り、咲良に向き直る。
大丈夫かと手を出すと、差し出した手を思い切り払われた。
「咲良…」
「いらないことしないでよ!!」
「ッ!」
「理久になんか…!助けてもらいたくなかった!!さっきのこと本当だよ、ずっと嫌いだった、理久が白石くん好きになってからずっと、あたしの気持ち知らないでしょ…?あんたよりもっと前から好きだったのに!!何であんたなの!!」
怒り一色の眼。
ずっと今まで我慢してきたこと全てをぶちまける咲良に、何も言えなかった。あたしの意思ではないにしろ、咲良にとってはあたしがやってきたことなのだ。ずっとずっと、内に秘めていたものが濁流となって溢れて止まらない。
泣き出しそうな顔をして、あたしを押しのけるように咲良は走って行ってしまった。
あたしは咲良を、追いかけることができなかった。
「………きっつ…」