あれから完全に咲良と千昭とは口を利かなくなってしまった。当然だろうな、嫌い宣言してしまったし、されてしまったのだから。
もう心はお通夜状態です。知ってた、嫌ってるの知ってたよ。けど気付かないフリをして咲良達に居場所を求めたのはあたしだ。あたしも咲良達を利用したのだ。
だからこそ、咲良には何も言えない。言う資格なんてないんだ。
けれど嫌がらせが止まることはない。
千昭に声をかけてみようかと思ったけど、あたしと目が合うと気まずそうに目を逸らされる。ごめんね、全部あたしのせいだよね、あたしのせいで咲良も千昭も辛い目に合ってるんだよね。きっとあたしが消えたって解決することはできないだろう。ただあたしが逃げるだけになる。
じゃあ今、あたしにできること。勇気も何もないあたしができることってなんだろう。咲良に気づかれないように、何かあるんじゃないのか。
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「白石、最近理久一人やない?」
「…そうなんよ。何かあったんかって聞いても何も言わへんし。いつも一緒に居った子達と離れてしもてるみたいでなぁ…」
「白石にも言わへんなら俺が聞いても答えてくれるわけないしなぁ……どないしたんやろ」
以前理久から聞いていた、確執。理久が自分は咲良達に嫌われているのだと言っていた。きっと何かこじれてしまったんだろうと白石は眉を顰める。多分そうだと思うが、自分が口を出していいことではないのは分かっている。何もできないもどかしさから一層顔が険しくなった。そんな白石を、謙也は心配そうに見つめるばかりである。
自分が何を言ったって理久は答えてくれないだろうと確信している。適当に躱されて終わりだろうと。いざという時に頼ってくれない理久にすら苛立ち、拳を強く握った。
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早朝から下校時間まで、咲良の周辺をうろちょろする自分はとても気持ち悪いだろう。
まあ気付かれていないからいいけれど、完全に不審者な気がする。
どうにか穏便に、咲良達にバレずに嫌がらせを無くすことはできないのかと考え、一か八かの賭けに出た。
嫌がらせ現場の撮影である。
下駄箱、ロッカー、机の中。きっと時間は早朝か夕方、移動教室で居ない時に行われているだろうと思う。その推測は合っていたようで、朝下駄箱にゴミを詰め込むとこや机に入っていた教科書を盗っていくところ、バッグから私物を抜き取るところ、様々な「現場」を写真におさめることができた。いつ気付かれるかヒヤヒヤものだったが、嫌がらせを楽しんでいる彼女達はあたしに気づく様子もなかった。能天気だな。
盗まれた物を取り返すことはできなかったが、詰め込まれたゴミは捨て、落書きはできる限り片っ端から消した。……消えないのもあったけどね。油性はだめだろオイ…
証拠写真が溜まりに溜まったところで、仕上げである。
もし失敗したら。もし、止めることができなかったら。
そう思うと躊躇ってしまう。けど今を逃したらチャンスを無駄にするし、あたしはずっと後悔するだろう。頼むから、どうかほんの少しだけ、勇気が欲しい。
絞りに絞ったほんのわずかなあたしの勇気、頑張れと自分で自分を鼓舞した。
体育で教室が空く時間。彼女達は今日も咲良の机に現れる。
「ねえ」
「ッ!?……猫宮さん…今体育じゃ……」
「あたし具合悪くてさ。…ねえ、何してんの?」
「………別に…」
「知ってるよ、咲良にずっと嫌がらせしてきたでしょう。今日も?じゃなかったらクラスが違うのにこんなとこに居るわけないもんねえ」
「……何?助けるん?嫌われとるくせに、この子んこと助けるん?それとも嫌われてないって思っとるんか?残念やけどなぁ、猫宮さんは友達やと思っとったみたいやけど、ようあんたの悪口言うてたんやで。今まで知らんかったみたいで?可哀想やなぁ」
「知ってたよ」
「………は…」
「咲良達があたしのこと嫌いなの知ってたよ。それでも仲良くしてくれるから、あたしは知らないフリして一緒に居たの。居場所無くしたくなくて、あたしもあの二人を利用してたんだよねぇ。で、これ何だと思う?」
ぺらりと一枚の写真を彼女達に投げる。
恐る恐るその写真を拾った彼女は見る見る間に顔を青くして、その写真を握り潰した。
「ずっと隠し撮りしとったん!?きもすぎやろ!!」
「どっちが……全部見てたし、全部撮った。まだまだたくさんあるよ、これ全部掲示板に貼ってこようと思うんだけど、どうする?」
「やめて!!!」
「なら、もう嫌がらせなんてやめてよ。盗った物も返して、今すぐ。」
きっと一か所にまとめて隠してるだろう。持ってくるのくらい簡単でしょう。
彼女はまだ何か言おうとしていたが、あたしが急かすと悔しそうに教室を出て行った。
プリントした写真を眺めながら待っていると、両手に物を抱えた彼女が戻ってくる。抱えていた物をあたしの目の前にぶちまけ、写真を寄越せと手を出す。
写真を渡してやると、舌打ちをしてまたもや握り潰した。
「まあデータは家にあるしね。いつでもプリントできるから、ね」
ぽつりと彼女にそう告げ、悔しそうに歯を食いしばって走っていくその背中を見送る。
それから床にぶりまけられた物を拾うためしゃがみ込んだ。
ああこれ、咲良が喜んで買ってたやつだ。やっとお目当てのが当たったんだよって。これは咲良と千昭と一緒に三人で買ったやつだなぁ……たまたま三種類あったから、じゃあお揃いで買おうって。
……これは、白石が使ってるシャーペンと同じ型のやつ。咲良は言ってなかったけど、たまにこれ見て嬉しそうにしてたっけな。
ぽたりと涙が床に落ちる。
思い出すのは咲良の笑顔ばかりで、胸が締め付けられた。痛くて痛くて、苦しくて。
咲良の痛みはこんなものじゃないはずなのに。
「……ごめんね………ごめん……」
涙で濡れる顔を膝に埋める。
あたしのせいで苦しめて、ごめんね。ただ上っ面だけでも仲良くしていたかった、一緒に居たかった。でもそれはあたしの我儘だったんだ。もう何も望んじゃいけないんだって、今やっとわかったよ。
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「あ、理久先輩。何しとるんすか」
その日は授業をサボり、ずっと屋上に居た。
隠れていたつもりだったが、何故か財前に見つかってしまったのだ。
「そこ俺の場所なんすけど」
「今日だけ貸して」
膝に顔を埋めてそう答えると、財前が隣に座った気配がする。
「なんかありました?」
「…………前にさぁ、財前言ってたじゃん。友達気を付けた方がいいって」
「え、何でしたっけ」
「ほら白石の……」
「あー…ありましたねそんなこと」
「財前に言われた通り、色々あってねー………とりあえず今日片付けてきたからもう何もないと思うんだけど……参ったわぁ」
「別に先輩が何かされたわけやないんでしょ?何そんな落ち込んどるんすか」
「いやー……前々から知ってはいたけど、その嫌がらせの標的にされた子に面と向かって「ずっと嫌いだった」って言われてさぁ……いや知ってたんだけど…」
「へぇ」
「知ってたけど、一人になるの嫌で、知らないフリして一緒に居たんだよね。何だろうなぁ……本当自分汚くて嫌になるわー……」
泣く程でもないけど、もう情けないし自分が卑しいし。いつになく弱弱しい口調で聞いてるんだか聞いてないんだかよくわからない財前に吐露する。これ聞いてないのか?まあいいけど……
「は〜〜〜〜………いつ関係が壊れるかって思ってたけど、割と早過ぎてきつい」
「ドンマイっすね」
「軽いなお前は……いいけどさ…」
「部長……あ、引退したから元部長か…元部長には言うたんすか?」
「元部長って言いづらくない?言うわけないでしょ、言えないよ」
「ま、そっすよね。でもまあなんとかしたんでしょ?ならええやないですか」
「それはそうなんだけどさ〜〜〜〜〜〜もうぼっちよ。いや、クラスの子はそれなりに話してくれるけど!実質ぼっちよ!!」
「元部長と謙也さんが居るやないですか」
「あたしは!!女の子と過ごしたいの!!」
「女好きのダメ男みたいな発言やな…」
「ほっとけや!!」
くそ!馬鹿にしやがって!!ちくしょう!!もうちょっと労わってくれるとかないのか!!ばかちんが!!!
「いつもの理久先輩やな」
「あぁ゛!?」
「謙也さん心配してはりましたよ、理久先輩が元気ないって」
「心配してくれんなら嫁に貰ってくれ、医者の息子に玉の輿だ」
「………」
「お前今鼻で笑っただろ!!」
「ぐじぐじいじけとったくせにやっぱ理久先輩は理久先輩やな」
「どういう意味だ!!」
財前の胸倉を掴み揺すると思い切り手を叩かれた。べちーんって音がした。痛すぎるって……
「俺も謙也さんも、元部長やって、理久先輩の味方ですよ」
「………」
「せやからはよ元気出してください」
「………………財前のくせに生意気だぞ……」
「よう言われますわぁ」
あたしが泣き止むまで、財前は優しく背中をさすってくれた。