初夏が近づくにつれ日本特有のじめっとした空気が増す。
今の時期は所謂「梅雨」である。じとりと肌に纏わりつく湿気に無意識に顔を顰める………ことなく授業は大変快適なものだった。何せクーラーというものがあるのだから。こればかりは氷帝に来て良かったと心の底から思う理久であった。
つい先日席替えが行われ、めぐるとは席が離れてしまった。しかし入学当初からめぐると居たおかげでクラスの人間とはそこそこいい関係が築けている。めぐる様様である。
日吉とも席が離れ、一々彼の機嫌を気にせずに済むと思うとどこかほっとした気持ちになった。嫌いなわけではないけれど、さすがに意識してしまう。
クーラーのついた快適な教室で良好な友好関係に恵まれながら幸先の良さを噛みしめていた時、事件は起こる。
「今日…?」
「ああ。できれば今日がいい」
理久が次の授業の準備をしていると、横に気配を感じた。見上げてみれば日吉で、何故か申し訳なさそうな顔をしていた。嫌な予感しかしない。
今日の部活終わりに用事があるから、待っていてほしいとのことだった。理久は思わず訝し気に日吉を見る。
「嫌な予感しかしない」
「……気のせいだろう」
「目逸らした?日吉くん今目逸らした?」
「とにかく、これは跡部さんから言われていることだ。拒否権はない」
「こわ」
「逃げないように」
そんなことを言われたらますます逃げたくなるのが人間ではないだろうか。
周囲の女子からは羨ましがられたが、ならば私の代わりに話を聞きに行ってくれと言うと「それとはまた話が別だ」と言われた。何が別なのか理久にはよく分からなかった。
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放課後、HRが終わるとしれっと教室を出て行こうとした理久を日吉が捕まえた。
いいからここで待っているようにと念を押され、理久は大きな溜息を吐いて白旗を上げた。
日吉を待つ間何もすることがないので今日出された課題を片付けてしまう。それもすぐに終わってしまい、お気に入りの文庫本を鞄から取り出した。
そういえばそろそろバイトがしたい。本屋でバイトをすれば社割のようなものが使えるだろうかと考えながら本を開く。
随分熱中していたのだろう、はっと気が付けば既に日は落ち藍色の空が広がっていた。
そしてタイミングよく教室のドアがガラリと開いた。
「猫宮」
「はい」
もう来てしまったかと小さく溜息を吐き、文庫本を鞄にしまって肩にかけた。
「ねえ本当に何の用事?」
「…それは行ってから話す」
「いやもう怖すぎるんだけど」
校内を歩いている間特に会話もなく、理久はこの先待ち受ける出来事に対して警戒心を増していく。
どうしてこうもテニス部と関わるとろくなことがないのか。理久は再び小さく息を吐いた。
玄関を出れば何故かテニス部らしき人々が居て、そこに、見覚えのある顔が数人居た。理久は思わず足を止め、顔から一切の表情を失くしてしまう。
「…………猫宮」
彼──切原赤也に呼ばれる。切原は理久を見るとじわじわと目に涙を浮かべ、零れそうになった瞬間物凄い速度で走ってきた。
どこか鬼気迫るものを感じた理久は咄嗟に日吉の背に隠れた。