あの日と変わらない寒い日が続く今日この頃。
吐く息は途端に白く目に見えるものとなる。あの卒業式からもうすぐ一年が経とうとしているのだ。
この一年、何もなかったわけじゃない。それはもう目まぐるしかった。
特に白石が。
いやー二年三年のお姉様方にあっちこっちで言い寄られ、彼女であるあたしが牽制しなければならないところだったのだろうが、あまりの賑わいに白石を見捨ててしまったのだ。すまん白石。
………いや、見捨てたと言ってしまえば言葉は悪いか。手助けしてあげられなかったというか……それを見捨てたって言う?すいません……
まあ白石にも怒られましたけどね。白石だけでなく、謙也くんを筆頭に小春ちゃんとか千歳とかに。申し訳ない。
だって怖いんだもの関西のお姉様方。関東人には辛すぎる。
そのお姉様方だって白石に彼女が居るって知らないわけではなかったが、まあ当たって砕けろ精神で次から次へと当たってきたわけで、もう殆どの人達が当たって砕けた今、白石に言い寄る人の影は見当たらなくなった。めでたしめでたし。
「めでたいわけあるかいなアホが」
「すまぬでござる」
寒いのでお外デートはしばらくしていない。
最近はもっぱらお家デート。もちろんあたしの家でだ。白石の家?まだ片手で数える程しか行ったことないわ。緊張するんだもん他人の家って……
あたし達はもうすぐ高校二年生になる。ということは財前が新たに入学してくるということだ。
その財前が入学してくるということで、この一年の思い出を振り返っていたところ収まったはずの白石の怒りがぶり返し、あたしは彼に綺麗な土下座を披露しているところだ。
「大体、お前が先輩らが怖いからって必要以上に出てこんくなってますますお前の影薄くなったせいで迫ってくる人ら増えたんやからな」
「かたじけない」
「彼女居る言うても嘘や言われるしお前逃げて回るし俺の苦労が分かるかオイ」
「咲良達にも散々叱られました本当にすいませんでした」
「…………まあ怖いのも分かるけどな。あの人らの目はハイエナの目やった」
「やめて思い出させないで」
思い出すだけでゾッとする。蛇に睨まれた蛙のごとく固まってしまうようなあの目。平凡な恋愛しか経験してきていないあたしには恐ろしいものだった。
「よし、美味いコーヒー淹れてくれたら許す」
「かしこまりましたー!」
****
今日は中学校で卒業式がある日だろう。まあそこそこで日にちは違うだろうが。
去年卒業した四天宝寺もその一つ。財前と、白石の妹の卒業式でもある。
白石は今日部活が無く、あたしもバイトが無かったため珍しく白石家にお邪魔していた。
両親は妹の卒業式の後懇親会だし妹は友達と遊んでくるらしい。
「去年の卒業式思い出すわー」
「ああ、理久が泣いて笑って叫び出した日やんな」
「やめてよあたし頭おかしいみたいじゃんそれ」
「否定できひん」
「何でだよ」
二人並んでベッドの縁に寄りかかり温かいお茶を飲みながら白石を小突く。
「そういや、成瀬さんと真田クンどうなっとるん?」
「あー…………それが怖いくらい順調でな……柳くんが裏で根回ししてるらしくて…」
「どんな手使ったらそんな順調にいくん……凄すぎやろ…」
「こないだ会いに行ったらしいよ、真田くんに」
「は!!?は!!?!?」
「『私の目に狂いはなかった』って言ってた、帰ってきた時に。柳くんに聞いたら、何故か真田くんもまんざらじゃなさそうだったらしくていよいよ先が見えない」
「マジかい………さすが立海の参謀なだけあるわ…」
「恐れ入ったよ…」
二人で枯れた笑いを溢す。
いやもう凄すぎなんだよ柳が。あの真田をどう懐柔したのか気になるところだ。
あたしと白石は一年前から何も変わらず。別にそれに対してお互い不満は無く、むしろ適度な距離感で大変快適なのだ。それは白石も思っているらしく、何かを無理強いされることはない。
不満があったとしても白石は無理強いしてくることなんてないだろうけどね。
「あ、せや」
「ん?」
「今年こそやらへんか?マネージャー」
「バイトあるから無理」
「去年理久に会えるの楽しみにしとったんやで、特に立海と青学」
「いいじゃんLINEで連絡取ってるんだから……って言ったら幸村くんにめっちゃキレられた。めんどくさい彼女かよ…」
「それくらい楽しみにしとったっちゅーことや。氷帝はちょくちょく会いにくるからなぁ」
跡部が居るからねー……向日くんとは一緒にライブ行ったりするし。もちろん白石の許可貰ってからね。
まあテニス部の奴らに関しては何かあるとは思ってないから白石も別に何も言わないけど。
「せやから今年は大阪で頻繁に合宿する言うて張り切っとったで」
「そんなこと言ったってあたしバイトあるし会えるか会えないか分かんないよ」
「多分探しに行くと思うで」
「クソ厄介」
バイト先見つかったら終わりやないかい。
「ま、頑張りや」
「助けてくれないの……」
「去年一年分の仕返し」
「…すいませんでした……」
観念したように溜息をつくと、隣から楽しそうな笑い声が聞こえる。
ちらりと白石を見れば「健闘を祈る」といい笑顔で告げられた。…謙也くん巻き込むしかねえな……
「ところで今日は卒業式なわけやけども」
「はい」
「俺も一個卒業しときたいことあるんやけど」
「どうぞ」
「ええの?」
「どうぞ……え何卒業すんの?」
は?と白石の顔を見ていると、何故か押し倒された。頭を打たないように支えてくれるとこが白石らしいなあとか思いながらも頭の中はハテナで一杯だ。
「今日親遅いんやろ?」
「……え…」
「弟クンは友達ん家でオールナイトやっけ?」
「何故我が家のスケジュールを………いや待て……白石ちょっと待て………」
少女漫画を読んで培った知識を基に推測すると、いやいやまさか、もうこの後何があるかなんてそれしかないじゃないか。
確かにまだ経験はないけども、というか白石興味ないと思ってたし、いや……まだ何があるかなんて決まってな…
「理久、俺がそういうの興味ないと思っとったやろ」
「…そういうのとは……」
「言うたほうがええの?セッ「あー!!あー!!!!ごめん言わなくていいていうかせめて別の言い方にして!!!!!!!!!」
その言い方は!!もう少し大人になってからでお願いしたい!!!
クソ!!予想が当たってしまった!!!
「理久顔真っ赤やな」
「うっせー!!!お前のせいだよ!!!」
「初めてなん?前の世界でも経験なし?」
「ないよ!!恋愛経験すら殆どないのに!!」
そう言うと、白石は少し驚いた顔をした後嬉しそうに笑った。
何笑ってんだコイツと思っている間に白石はあたしの腹の上に跨る。しまった……
「俺かて周りと同じ高校生男児やで?興味ないわけないやろー。俺に性欲無いとか思っとった?」
「白石は性欲とか言わないと思ってたああああああああ」
「お前は俺に夢見過ぎや」
困ったように笑う白石は、喚くあたしに優しいキスを落とす。
「アカン?」
眉を下げ許しを請うように額を摺り寄せる白石に気持ちが揺れる。くそ……そんな顔されると拒絶できるわけない……いや待って待って待って…前々から何度も言うけどテニプリキャラだよこの人…そんな人と……マジかよ頭の中の処理が追い付かねえよ…
「……………………だめではない…」
小さな小さな声で、絞るようにそう呟くと、再び白石は嬉しそうに微笑んで目をギラリと輝かせた。
えっ……今めっちゃギラって………
「まあアカン言われてもするけどな」
「は」
「ちゃんと優しゅうするし、心配せんでええよ」
「いやお前……今何て…」
「ほな有難く理久の初めて貰うわ」
そう言って笑った白石は深い深いキスを落とす。
盗み見たその瞳はハイエナなんかよりも恐ろしく、覚悟を決めたように目を閉じた。