理久がバイトとして働く店に向かうべく部室を出るとそこには新しいマネージャーが立っていた。
きょどきょどと何かを言いたげにしているが、何がしたいのかよく分からない。
見かねた白石が声をかけた。
「えっと、どないしたん?」
するとその子は嬉しそうに笑って
「引っ越してきたばっかりで…大阪初めてなのでよく分からなくて……良ければ帰りご一緒してもいですか…?」
そうきたかーーーーーー
どうするかと悩んだが、そもそも先輩らに頼めばよかったのではないかと考える。
さっきまで一緒だったんだし。
「あれ、先輩らは?先輩らはアカンかったん?」
何で俺ら?と暗に聞くと、彼女は一瞬困った顔をして俯いてしまう。
いやいや俯かれたって分からんわ……先輩らが何かしたなんて思わへんし。財前が言っていた男好きという言葉を思い出した。ああこれは……めちゃくちゃ苦手なタイプだ。
助けを求めるように小春を見ると、両手でバツを描かれる。
"無理でーす!!!!!!"
俺も無理や……
「すまんな、この後行くところあって付き合えへんねん。よかったら先輩らに頼むとええよ。ほなお疲れ様」
我ながら冷たいと思ったが、下手に優しくして懐かれた時困るのはこちらだ。彼女の横を通り過ぎる時表情を盗み見ると、信じられないとでも言いたげな顔をしていた。何故、彼女がそんな顔をするのか。
「部長はよ行きましょ、彼女待っとりますよ、多分」
「いや待ってへんと思うわ。連絡してへんから何で来たって言われそう」
「あり得る」
謙也が理久の真似をしてげらげら笑っている。全然似てへんけどな。
「彼女……?」
小さかったが確かに聞こえた声。
振り返ると、彼女は何か絶望したような顔でこちらを見ていた。正直ゾッとした。絶望というか、ごっそりと顔から表情が抜け落ちあの可愛らしい笑顔は幻だったのではないかとすら思う。
そんな異様な彼女に、他のメンバーもごくりと喉を鳴らした。
ただ、恐怖。本能的な恐怖。これが隣の席という財前に心の底から同情した。
「照井さん、どないした?」
意を決して尋ねると、彼女はハッとして首を横に振る。
「いえ、何でもないです!お疲れ様でした!」
口早にパタパタと彼女は走って行ってしまった。
自己紹介の時と同じような可愛らしい笑顔を浮かべて。
メンバーに視線を戻すと何とも言えない表情をしている。きっと自分もだろう。
早く理久に会いたい、焦る気持ちを押さえながら理久の店へと向かった。
****
「蘭さんゴミ捨ててきますねー」
「よろしくー」
溜まったゴミ袋を入れ物から取り出し口をきつく縛る。そうした物を二つ手に持ち裏口のゴミ収集カゴへ投げた。
帰り本屋でも寄って行こうかなーなんて考えながら店へ戻ると何故か白石達が居た。いつもの三人である。何で居る。
「何で来た…」
「やっぱり言われた」
何がおかしいのか三人とも吹き出しクツクツと笑っている。今すぐ追い出されたいのかお前ら。
「理久ちゃん、今日はもう上がってええよ。ついでに甘いもん食べていき、その子らの分も奢ったるわ」
「は!?いやいいですよそんな申し訳ない!あたしが出しますって!」
「ええからええから、好きなの一つ選んでええよー」
三人は嬉しそうにどれにしようとメニューを見ている。何だか申し訳ない……また明日から頑張ろ……。三人の注文をまとめ、それに自分が食べたいものを加えて蘭さんに注文を出すと快く引き受けてくれる。店長良い人過ぎる……
エプロンを外し空いている白石の隣の椅子に座ると、何故か三人とも大きな溜息をついた。何!?あたしが座ったから!?!!?そう思って立ち上がると白石の手によって再び座らされる。何なの!?
「珍しいね店に来るの。何かあったの?」
「ありまくりや……財前が言うてた転校生居たやろ。早速マネージャーになりましたはい拍手」
白石が拍手と言ったところで拍手なんか起きるはずもなく。
あ…ああー………と言うしかなかった。マジか。
にしてもこの落ち込みっぷり、本当どんな子なんだろう。謙也くんまで顔を引き攣らせるなんてなかなか無くないか?だって可愛い子なんでしょう?まだどんな子かも分からないのにここまで嫌がるってどんだけ?
「か、可愛い子だった?」
何とか話を進めたくてそう聞いてみるも「まあ…」とか「それなりに…」とか実に適当な答えが返ってきた。いやマジで何があった。
「財前は分かるけど、白石と謙也くんはどうした……何故そこまで気が滅入っているんだ…」
「何かな、本能的に無理」
「白石意味が分からない」
「かわええ子なんやけどな。確かに先輩らはめっちゃデレデレなんよ。あと財前以外の一年も。なんやそれが異様でな……あと帰りの…あれなんやったんやろな」
帰りのあれとは。
すると蘭さんから声がかかった。できたから持ってってー、と。すぐさま返事をして出来上がったデザートを彼らに運んでやると僅かに顔が綻んだ。
それにしてもこの三人がここまで嫌悪感を表すのは珍しい。いや、三人じゃないな。財前はいつもだった。
白石と謙也くんだよ問題は。温厚なこの二人がここまで言うなんてなかなかに信じ難い……しかも相手は女の子だよ?珍しいったらありゃしない。
「理久先輩今すぐマネージャーやりましょうよそうしましょうよ俺もう部活行きたないわ」
「いやすまん……バイトあるから無理っす…」
「かわええ後輩見捨てるんか…」
「可愛い……後輩…………?」
わざと首を傾げると思い切り足を踏まれた。痛すぎて涙目になる。
「あの小春ですら関わることを拒否したんやで?やばない?」
「マジかよ」
「助け求めたら無理でーすって言われた、目で」
「笑う」
「笑いごとやないわ……はー先輩らに頑張ってもらわな」
「今年も穏やかではないな…」
そんな言葉を溢すと、白石だけでなく謙也くんと財前からも、去年のあたしの行いについて説教を食らってしまった。いや本当に、去年は申し訳なかったです。ていうか何で財前にまで説教されなきゃならないんだ…
****
やっと、やっと憧れの世界に来ることができた。
どれ程願ったことだろう。この世界で、幾度となく読んだあの小説達のように愛されることを、どれ程願ったか。
来れたのは偶然だった。今ある生活を捨てる覚悟があるかと姿の見えない相手に問われ、この世界に来るためなら捨てれる、そう答えた。
彼らに愛してもらうために、彼らを愛するために。
なのに
一番好きだった四天宝寺に入れて、財前の隣の席になったのに、何で私を見てくれないの。どうしてそんなに嫌な顔をするの。読んできた小説では皆最初から自分に興味を持ってくれて、すぐ仲良くなって、皆から愛されていたのに。
それに白石の彼女って何。何でキャラに彼女がいるの?私が候補じゃないの?
財前の背中で見えなかったけど、昼に誰が来たの?その女の子誰?何で私以外の女の子を構うの?
どうして私じゃないの。
やっとこの世界に来れたのに。あなた達のヒロインは私なのに。
だめだよ、愛されるのは私なんだから。
真のヒロインは私だけなんだから。
……まあ最初は対立することなんて話よくあったし、そういうことなのかもしれない。大丈夫、きっとこれからだよね?
財前も白石もみんな、私に寄ってくるって分かってる。
だって私が一番なんだもん。誰なんて選べないけど、選ばなきゃならない日がくるって思うと胸が苦しいな、なんて。