テニス部にマネージャーがきて数日、明らかに白石と謙也くんの顔色が悪い。
何て声をかけたらいいのか躊躇うくらいには悪い。
そこまで何があるんだよ……ただの女の子だろ………
「白石……あんた大丈夫か…」
「無理、全然大丈夫やない」
「ただのちょっと男好きそうな女の子でしょ?周りにもよくいたじゃん?同じようなもんでしょ?」
そう問いかけると、白石は大きく溜息をついて首を横に振った。
「いやーちゃうな。なんちゅーかなぁ……中三時のテニス部レギュラー目当てみたいなんよ。分かりやすいくらいハッキリしとる。変やない?もう完璧俺らばっかに寄ってくるんやで」
うわ……うわあ………もうこれ黒じゃん…真っ黒じゃんその子………同郷じゃん…
ていうかもうちょっと上手くやれよ……そんなあからさまに攻めてったらどれだけトリップ補正されてたって「おかしくね?」ってなるよ……
……いや、もしかしたらあたしが知らないだけで、こんな感じで始まる話があったのかもしれない。なかなかリスキーな物語の始まりではある気がするけど。
「そろそろ財前が呪いとか覚えそうでヤバイ」
「ごめんちょっとそれ笑う」
「今日の昼理久達と一緒に食べてええ?一歩でも外に出たらマネージャーに見つかりそう」
「白石達は心霊体験でもしてるの?」
白石の目はマジだった。そこにすかさず謙也くんの「俺も入れて!!!!」の声が入る。可哀想だから財前にもLINEを入れてやると、3秒もかからずに行きますの返信がきた。早過ぎてきもい。
その日のお昼は咲良千昭に加え白石謙也くん財前という大人数になった。
財前は延々と呪詛にも聞こえるような愚痴を吐き続け、もう聞いてやるしかあたしには方法が無いのでずっと相槌を打ちながら辛抱強く聞いてやっていた。
マネージャーは照井芽衣子というそうだ。可愛らしい名前じゃねーか
端から見たら病んでるとしか言いようのない財前に、咲良も千昭も頬を引き攣らせている。分かる、多分あたしも引き攣ってる。
おっかしいなーーーーー多分その子はあたしと同じようにトリップっ子だとは思うんだけど、ここまでキャラ側が苦悩するなんて思ってもいなかったぞーーーーーー
まあその子を直接見たわけじゃないから何とも言えないんだけど、何がそこまで拒絶するんだろう。
普通これって、あたしと白石達逆じゃない?
あたしが違和感に気づいて拒絶して、でも白石達はよく分からないから普通に接することに対してあたしが焦る、みたいな。
これおかしくねぇ?思てたんとちゃう感半端なくて妙にそわそわするんだけど。
「理久先輩」
「何?」
「教室までついてきて」
「あたし財前の保護者じゃな…」
「理久、俺からも頼むわ」
「何で白石に頼まれんの!?何なのお前ら!?」
あたしの腕を財前が力強く掴む。うんって言うまで離さねえぞとでも言うような力の入れように呆れたような笑いが零れた。
わかったよと言うと、財前はほっとしたように少し笑って人の弁当箱にパセリを放り投げてきた。それが人に物を頼む態度なのか??????
****
ノロノロ歩く財前を引っ張りやっと二年の教室に辿り着く。
ドアの手前で立ち止まる財前の背中を押して教室に入ると、奴はぐるりと振り返りやがった。そのせいで財前に正面からぶつかってしまい鼻が痛い。何してくれとんじゃと見上げようとすると、見上げる前にあたしの頭に顎を乗せた。いや……お前の顎尖ってて痛いんだけど……ほら教室ざわざわしてるよ何してるのお前…ていうか近い
「ざ…ざいぜーん……あたし教室戻るから…」
「だめ」
「だめとかじゃなくて」
「なら俺も一緒に行きますわ」
「来た意味」
ゴリゴリとあたしの頭頂部を顎で刺激してくる。すごく、すごくすごく痛い。やめてほしい。
すると、こんな状況を見かねたのか、中学の時からよく声をかけてくれていた女の子が救いの手を差し伸べてくれた。
「猫宮先輩、財前くんと仲ええですね」
「これが?これが仲良く見える?あていうかこの前貰ったクッキー美味しかったありがとね」
「わー!よかった!また作ったら持って行きますね!!」
「やったー!」
「俺にもよこせ」
「え…ごめん猫宮先輩以外のはめんどくさい…」
「なんでやねん」
少し機嫌が治ったのか、ふっと頭が軽くなった。やっと離れてくれた…
ちらりと声をかけてくれた子を見ると、小さくサムズアップをされたのであたしも力強くやり返した。ありがとう君は天使か。
「先輩はよ戻らんと鐘鳴りますよ」
「誰のせいだよ」
あたしの言葉を無視して財前は自分の席に座った。彼を目で追っていると、一人の女の子と目が合う。
きっと彼女がそうなんだろう。大変可愛らしい女の子で、これは男共が放っておかないだろうなというのが率直な感想だ。彼女はあたしと目が合うと少し強張った表情をしたものの、すぐ可愛らしい笑顔を浮かべて会釈をする。あたしも軽く会釈をして、時間がやばいことに気付き大急ぎで自分の教室へダッシュした。
****
白石達を見ながら、あたしは静かに状況を整理する。
あたしが白石と出会った頃に考えていた『真のヒロイン』
もしそれが彼女なのだとしたら、今後あたしはどうなるのだろう。現状、あたしは白石と付き合っているけど多分関係は崩れるんだろうな。だってあたしはヒロインではないから。つなぎ?あたしはつなぎなのか?
第一、こんな悲惨な現状でどうやって夢小説に発展していくのか謎である。これをどう覆していくのか……まあそれもトリップ補正でどうにかなるんだろうなあ…
どうにかなってしまった時、あたしは用済みか。どうなるんだろ、前の世界に戻るんかな………
まあ元から自分がヒロインなんて思ってないし、いつかはこんな日がくるんだろうなとは頭の隅っこで思ってたけども。
……そんな簡単には割り切れないよね〜〜〜〜〜〜心捨てたわけじゃないし〜〜〜〜〜。
って思うけどあたしにはどうしようもできないし…。おいこれマジあたしどうしたらいいの?
「理久、理久」
「ハッ」
「足止まっとる」
今日は珍しく白石と二人で下校している。
部活が無かったのと、バイトが休みだったことが丁度重なったのでじゃあ久しぶりに一緒に帰ろうとなったのだ。
「考え事か?」
心配そうに顔を覗き込んでくる白石に、今のうちに相談しておこうと腹を括る。
「マネージャーの子のことなんだけどさ」
「…おん」
「もしかしたらその子、あたしと同じ世界の子かもしれない」
「………は…」
ちょいちょいと白石に手招きをして、近くの公園のブランコに二人で座った。
キィキィと甲高い音を鳴らしながらブランコを揺らす。何て言ったらいいかなぁ
「白石達からの話聞くとさ、そうなんじゃないかなーって。あたしにとってみんなは漫画のキャラクターだったって言ったでしょ?彼女にとってもそうだから、白石達に寄っていくんじゃないかなって」
「マジか……」
膝の上で両手が忙しなく動く。あたしが考えたこと全部言わないと、と思いながらも、もし本当に白石と離れることになってしまったら…なんて柄にもなく落ち込んでしまう。……もしそうなったとして、前の世界に戻るんならいいんだけど。
ぽつり、ぽつりと先程考えていたことを白石に伝えた。
横から盗み見た白石の表情は、どこか怒っているようだった。
「……理久は」
「うん」
「………前の世界に戻りたいって思っとる?」
咄嗟に答えは出なかった。それは、"はい"であり、"いいえ"でもあるから。
未だに考えないわけではない。戻りたいとも思うしみんなと離れたくないとも思う。
「…今でも時々考えるんだよ。今頃何してたかなって。あたしは専門学校行ってて、そろそろ就活かなーとか。もし就職するならどんな仕事してたんだろなーとか。……そう考えるとやっぱり少し寂しくなるんだよね。親も弟も、咲良も居るけど、他にもたくさん友達居たし、仲良かった先生とか、隣の家のおばあちゃんとか、近所にうろうろしてた猫とか。…………マネージャーの子が来たことで、もしあたしが前の世界に戻ることになったとしたら、またその人達に会えるのかなー……って」
ガチャン、と大きな音がして驚いて思わず顔を上げると目の前に白石が立っていた。さっきの音は勢いよくブランコから立ち上がったせいだろう。
白石はあたしの目の前に立ち、吊り具のチェーンを掴んでいるあたしの手を上から包み込むように握った。
まるで、"どこにも行かせない"とでも言うように。
「…頼むから、居なくならんといて」
「………うーん…分かんない」
「約束せぇ」
「……」
「理久」
「…がんばる」
「ホンマやめてや、理久と離れたないよ俺」
「あたしもだよ」
そう言ってへらりと笑うと、まだ不安そうな白石もほんの少し笑った。笑ったけど、すぐ泣きそうな顔をしてずるずると目の前でしゃがみ込む。
膝を抱えるようにしてしゃがみ込んだ白石の表情を見ることはできなくて、思わず彼を呼んだ。
「…好きやから、ホンマどこにも行かんといて」
震えた声で呟く白石の頭をわしゃわしゃと撫でてやれば、「アホ」と言われた。人がせっかく慰めてやってるのにアホって。
「どこにも行かないわアホ!」
あたしの言葉に、やっとこちらを見上げた白石の顔は若干半泣きで。思わず笑ってしまうと、拗ねたようにぷいと顔を背けた。