15早く大阪帰りたい

小走りで謙也くんの元へ行くと、勢い良く正面から肩を掴まれた。
驚いて目を見開き思わず固まってしまう。

「どうした謙也くん…」
「どうしたもこうしたもないわ……照井さんにめっっっっちゃ親しく話しかけられたんやけど何で?」
「いや……ええ?………親しくなりたいんじゃないの…?」
「普通あんな一気に距離詰めてくるか!?」
「高速で揺らさないで首もげる」

人の肩を掴んだまま前後に揺さぶられる。あまりに速く揺らすもんだから首がガックンガックン前後に振られてもげそうだ。
すまん、と一応謝罪の言葉を溢し、今度は肩に腕を回され小さな声で謙也くんが言う。

「なあ見てみぃ他の奴らの顔、引き攣った顔しか居らんてどういうことやねん」

クイ、と顎で示された方を見てみると、楽しそうに可愛い笑顔で話している芽衣子ちゃんと、ひたすら頭上にハテナを飛ばしている丸井と仁王が居た。
ハテナを飛ばしながら口元が引き攣っている。仁王の顔がめっちゃくちゃ面白い。ペテンの名が泣くぜよ

「謙也くんは芽衣子ちゃんと何話したの?」
「んー何か、ドリンク味大丈夫ですか?とか、好きな食べ物何ですか?今度作ってきますよ私料理得意なんです!とか」
「めっちゃ売り込んできてますね」
「作ってこられても困るし普通に…」
「謙也くんの好きな食べ物って何だったっけ…」
「まだ思い出してくれてへんの!?」
「もう!!イグアナしか出てこないんだよ!!」

すると謙也くんは嘘泣きを始めた。両手で顔を覆い口でしくしくと言っている。控え目に言ってうざい。

「謙也くんうざい」
「理久がこんな薄情もんやとは思わんかったー」
「よしあたし愛梨ちゃんとこ行くから、じゃーな」
「待って待って行かんといてホンマごめん俺を一人にせんといて」

ぎゅううううと腕にしがみついてくる謙也くんに舌打ちをした。こんなとこで遊んでたら愛梨ちゃんに申し訳ないんだよお前は練習してなさいよ

「仲原さんも忙しいみたいやで、ある意味」
「?」

ほら、と謙也くんが指さした先には、多分芽衣子ちゃんに怯えているであろう向日と宍戸、忍足が居た。怯える彼らは愛梨ちゃんに縋り付いているようで。
けれど愛梨ちゃんはスコアボードに何かを書き込みながら、鬱陶しそうに向日達を足で蹴っている。笑ってしまった。

「何か面白いね」
「ちょっとな、おもろいよな」

二人でこそこそ笑っていると、背後からあたしと謙也くんの間に誰かが割り込んできた。その人物はあたし達二人の肩に腕を回しもたれかかってくる。重い。

「楽しそうやなぁー」
「そんな白石はお疲れのようで」
「照井さんめっちゃ面倒くさいねんそんなこと聞かんでええやろってことまで聞いてくる」
「構ってほしいんだよ…」
「ホンマ面倒くさい」

はあああああと大きな溜息を吐く白石の背中をさすってやる。見かねたのか謙也くんまで白石の背中をさすっていた。プチ白石を慰める会の出来上がりである。

「そして謙也が理久に手ぇ出そうとしとった気した」
「出すわけないやろ天地がひっくり返ってもないわ」
「おいそれ喧嘩売ってんのか?本人居るのにそれは傷つくぞ?」
「何?すまん理久白石が間に居るからよう聞こえへんわ」
「あったまきた、白石そのまま謙也くん捕まえててね」
「任せろ」

白石が謙也くんをがっちり捕まえると、謙也くんのポケットに入っていた彼のスマホを抜き取った。

「!!?ちょ、理久何すんねん!!!返せアホ!!!」

ぎゃんぎゃん騒ぐ謙也くんは白石によって身動き取れないでいる。さすが白石である。
手際よく操作をして、謙也くんのスマホの電源を落とした。ふん、恐怖におののくがいいさ!!!

「はい返す」
「何したん!!?ってうわ電源落としよった!!何してくれてんねん!!」
「さーボク愛梨ちゃんとこに行こーっと!」
「あ俺幸村クンに話あったんやったわ」

騒ぐ謙也くんを置き去りにしてあたしと白石はそれぞれ目的の場所へ向かった。
それから少しして、遠くから謙也くんの叫び声を聞いた。
今彼の待ち受けは、あの肝試しの時に撮ったあたしと愛梨ちゃんの写真になっているのだ。多分今日も夢に出るぞ、よかったな謙也くん。

****

溜まったタオルの洗濯、使用済みのドリンクボトルを忙しなく洗っているとあっという間に午後の練習は終わり、今日の仕事は終了である。
乾いたタオルと畳んで、明日使うためにカゴへしまう。裏方もなかなか忙しいものだが、まあ楽しくもある。難しいことは愛梨ちゃんがやってくれるしねー
一通り終えて皆の元へ向かうと何やら騒がしい……何だ何だと見てみれば愛梨ちゃんの怒声……怒声!?愛梨ちゃん!!?
愛梨ちゃんの前にはボロボロと泣く芽衣子ちゃんが居た。ああ何か大体分かった、分かりたくないけど分かった。

「あんた何しに来てんの!?遊びに来たの!?」
「私そんなつもりじゃ……!」
「あっちこっちで皆の邪魔してそんなつもりじゃないって!?じゃあ何がしたいわけ!?」
「私はッ……ただ皆さんと…っ、仲良くなりたくて……っ」
「それはあんたの我儘でしょ!?練習の邪魔していい理由にはならない!」

喧嘩?の仲裁なんてしたことがないのでオロオロしてしまう。
周囲に居た彼らもどうしたらいいのか分からないようで、どうしようどうしようと皆きょどっていた。
ええええええこれどうしようマジ……とりあえず皆ご飯行こうよぉ…

「愛梨ちゃーん……こっちの仕事終わったよ…」

様子を窺いながら声をかけると一斉にこちらに視線が集まる。"ナイス!!"といった意味の視線が。

「あー…ありがとう理久ちゃん。…中入ろっか」

愛梨ちゃんは笑顔だったが、まだ苛立ちは収まらないようで早足で宿舎に入って行ってしまった。ひゅう……どうしたらええんこれ…
ちら、と芽衣子ちゃんを見れば俯いたまま震えている。……それが本当に震えているのか、そう『見せて』いるのかは分からないけれども。
皆が宿舎に入っている中、あたしは芽衣子ちゃんに声をかけようかどうしようか迷っていた。このままここに置いて行くのは、何というか、人としてちょっと……な気もする。

「芽衣子ちゃん、中入ろう?」
「………はい…」

おずおずと声をかけると、彼女は手で目を擦って小さく頷いた。
ううーん………本当はいい子なのか、昼間の彼女のままなのか。判断しづらい…

「理久先輩……」
「はい」
「どうして皆さん…私のことを避けるんでしょう…」

……。いや……分からんっす…なんかオーラが怖いらしいですよとは言えないし。

「まあ昨日会ったばかりだし…いきなり距離詰められたらやっぱりちょっと困惑すると思う…。もうちょっと距離を考えて接してみるとか……」
「はい………でも、それでも白石先輩は優しいです。一番優しく接してくれて…」

何故ここで白石が出てくる。
本当はいい子なのかとか思った自分が馬鹿だった。全然じゃねーか。
ほんのり頬を染めて白石のことを口にする芽衣子ちゃんに少しだけゾッとした。すげーな、一応彼女であるあたしにそういうこと言うってすげーな。
別に、取られる心配とかそういうことじゃなくて、ただ純粋に少し腹が立った。
いやいやいや白石あたしんだから、と。
何言ってんだお前、と。

「白石優しいでしょう。でもあげないよ〜」

いたずらめかしてそう言うと、芽衣子ちゃんの顔から表情が抜け落ちた。途端に背中に走る悪寒に身を震わせ、嫌な汗が流れる。

「理久先輩はいいなぁ……皆と仲が良くて…いいなぁ……」

いつもの可愛らしい笑顔とは違う、不気味な笑み。一気に氷点下になったんじゃないかと思う程の寒気に、動けなくなった。
どうしよう、何か言わないと、ていうか今すぐ走って逃げたい、どうしよう

「理久」

ふと名前が呼ばれ、背後から目元を覆われた。

「白石?」
「せやで、はよ来い」

片手で目元を覆われ、背中に白石がくっついたのが分かった。
この安心感といったらない。とにかく助かった、ただそう思った。気付かれないようにほっと息を吐くと、くるりと振り返って視線で白石に礼を言った。
白石はあたしの背中を押し、早く宿舎へ行けと促す。一秒でも早く彼女から離れたかったので、白石と彼女を二人にするのは嫌だったが足早に宿舎へ入って行った。



残された白石は、睨む程ではないが鋭い視線を照井へ向ける。
僅かに怒りを孕んだその視線に、照井は体を強張らせた。

「理久に変なことせんといてや」
「白石先輩……どうしてそんなこと言うんですか…」
「照井さんが何を考えとるんか分からんけど……理久に何かしようもんなら、俺も、皆も黙ってへんで」

その言葉に照井は一瞬顔を顰めた。
白石は彼女の言葉を待たず、理久を追って宿舎へ入って行く。

拳を握り締める彼女を一人残して。