ぼやける意識の中でアラームが鳴っている。ゆっくり瞼を開くと……
白石の寝顔。何でだよ。
「起きろ白石ィ!!」
「…うるっさ……起きとるわ………」
「起きてんのかよ」
ふと、起き上がった時に違和感を感じた。え何か寒いんだけどちょっと……視線を下に向けると自分の肌が見える。いや、肌しか見えない。
服着てないッッッ!!
「うわああああああ!!?」
光の速さで布団に潜った。ていうか白石も服着てなくない!?馬鹿じゃないの!!?
「言うとくけど理久が先に寝たんやからな」
「あんた何でここで寝てんの!?」
「………成り行き?」
「どんな成り行き!?」
待って……あの後シャワー浴びて………あれちょっと待って記憶ない…あたし真っ裸で寝たのかよ最悪…
あたしがシャワーから上がった後白石もシャワー行って…………その間に寝たのかあたしは……ッッ!!ちくしょう!!
「もう行くん?」
暢気に寝そべって欠伸をしている白石に心底腹が立った。くそ…あたしが夜中起きていたのならばその綺麗な顔に落書きをしてやったのに。悔やまれる。
「とりあえず服着る」
布団から出てベッドの縁から立ち上がろうとするあたしの腹に背後から腕が回る。包帯を巻いたがっちりした腕。そのままずるずると引っ張られ白石の腕の中にすっぽりと納まった。
「あ!あんた下穿いてんのかよずっりぃ!」
「お前もう少し恥じらいとか無いんか」
「恥ずかしがったら終わりだと思う」
「いや普通に恥ずかしがれや」
つつ、と白石の細長い指が太股の内側に這う。その感覚に昨夜の行為を思い出してしまった。
その羞恥に眉を顰め、彼の手を叩き落すとぐるりと振り返って白石をベッドに組み敷く。突然のことに反応のできなかった白石はただ目を見開いて驚いた表情を浮かべていた。そんな白石の唇に噛み付くように口づけをしてから起き上がって服を着た。
その間白石は静かにベッドに寝そべっている。死んだか?
「なあ理久急にそういうことするんやめろやーーーー心の準備っちゅーもんがやなーーーー」
「あーハイハイはよ上着ろ」
「もっかいちゅーして」
「うるせえ!はよ起きろ!」
ちぇーと口を尖らせて白石は服を着ていた。
普段の大人な白石は何処へ。
服を着た白石は背中を反らせバキバキと音を鳴らしながら欠伸をしている。
「ご飯行くかぁー」
「せやなー。今日は午前だけやな練習」
「早く大阪帰りたいよ…」
「同感」
「ていうか白石誰と部屋一緒なの」
「ん?謙也」
「可哀想に、一人で寝たのか」
「そういや昨日謙也に何したん」
「謙也くんのスマホの待ち受け、肝試しん時に撮れた心霊写真にしといた」
「えげつな………」
白石は信じられないとでも言うような顔をしてこちらを見下していた。
食堂へ行くと謙也くんに怒られた。「何で白石戻ってこぉへんねん!!」と実に激おこだった。
話し込んでたらいつの間にか二人で寝てましたとすました顔で嘘をついておいた。
****
今日で合同練習は終わりなので、後片付けをしながらの作業だ。
愛梨ちゃんと芽衣子ちゃんに会話はない。まあ元から話してはいなかったけど……そんなあたしも芽衣子ちゃんと喋る気にはなれなかった。
昨日の彼女を思い出すからだ。何か人知を超えた力が働いてしまうんではないかというあの恐怖、明るい今思い出してもゾッとする。
今だけでも忘れるために愛梨ちゃんの後ろをついては作業をこなしていった。
無事に午前の練習が終わり、全ての日程を終えた。
そうして帰るまでの時間……
「猫宮!!写真撮ろうぜ!!」
「ねえ耳元で叫ばないでよ向日くん」
「理久さあああああんあと1ヶ月くらい居てくださいよおおおおおおおおおおお」
「1ヶ月居たとしてあたしに何してろってんだよ」
「おい猫宮、これ俺ん家の住所だから大阪の何か美味いお菓子送って」
「丸井くんこれこのままネットに流してやろうか」
「白石と別れたらいつでも俺んとこ来んしゃい」
「危険な香りしかしねえ」
うるさ………一気に皆喋るし一人一人声でかいし勘弁して……
適当に相槌を打っていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返れば愛梨ちゃんが居た。
「理久ちゃん今度遊ぼうね」
「ライブで東京来た時とか!遊ぼう!」
「めっちゃ楽しみにしてる!!」
愛梨ちゃんはそう笑いながら、周りに気付かれないようにそっと耳打ちをしてきた。
「…照井さんには、気を付けてね。この合宿中、あの子ずっと理久ちゃんのこと見てたから」
その言葉に一気に鳥肌が立った。
思わず固まってしまって、離れる愛梨ちゃんを見るとその目は真剣だった。事実なのだろう。まあこんな時に嘘を吐く子ではない。どう気を付けたらいいかは分からないが、とりあえず頷いておいた。
「何かあったら連絡してね」
「ありがとう愛梨ちゃん、またね」
「うんまたね!!」
二人で手を握り合ってると向日が乱入してきた。愛梨ちゃんに怒られてた。ざまぁ
****
さすがに皆疲れたのか、帰りの新幹線は静かだった。隣に座った白石でさえ寝ている。
あたしは何故か目が冴えてしまい、ただ外の景色を眺めていた。
外を眺めながら、愛梨ちゃんのあの言葉が頭の中を廻る。ずっと、あたしを見ていたとは……全然気づかなかったんだけど何でだ…
基本あたしは霊感は無いわけで。だから虫の知らせとか、感じた試しはない。
けど何だろう、これが胸騒ぎと言うのだろうか。
ざわざわと胸が騒ぐような気がする。自分の中で警鐘が鳴っているような、どうにも落ち着かない。
漠然とした不安、恐怖。何が待っているか分からないからこそ、それは無限に広がる。
頼むから何も起こらないでほしいと、そう願うことしかあたしにはできなかった。
まあ何か起こったとしても、白石達には何も影響が無いといいなあなんて思ってる時点でまだ危機感が足りないな自分……と自分で自分に溜息をついた。自分だって、どうなるか分からないのに。
****
そんな理久の考えを嘲笑うかのように、すぐ近くで、誰かが小さく微笑んだ。
"彼女"はおもむろにスマートフォンを操作する。
真っ黒い画面に、不気味に表示される入力欄。
入力欄の上には何やら文字が書かれている。
"お願いは慎重に。これは一度きり。慎重に、慎重に。それは貴方にとって必要なことですか?今すぐにでも叶えたいことですか?後悔はしませんか?"
文章を読んだ上で、彼女は入力欄に文字を打っていく。
すると、新たな文字が浮かび上がった。
"送信を押してしまえば取り消しはできません。奇跡は一度きり、二度目はございません。何かあった場合の責任は負いかねます、よろしいですか?"
入力欄の下に送信ボタンが浮かび上がる。彼女は何の躊躇いもなくそのボタンをタップした。
"受付完了です、ありがとうございました"
その淡泊な表示はすぐに消え、サイトのような物も自動的に消え去った。画面には可愛らしいホーム画面が表示されているだけ。
だが彼女は満足気に微笑み、そっと目を閉じた。
[猫宮理久を消してください]
"送信しますか?"
"受付完了です、ありがとうございました"