目の前には咲良が居て。
でもそれはついさっきまで一緒に居た咲良ではない。あたしにとって"本物"の咲良だ。こう言ってしまうと白石達と過ごした咲良が偽物のようになってしまうけど、簡単に言ってしまえばそういうことなのだ。
嬉しくて嬉しくて涙が止まることはない。咲良も、周りの生徒も首を傾げていた。そりゃそうだろうな、学校来て急に泣いてる奴が居たらな。
「理久どうした……そんなに学校来るのが嫌だったの…」
「いやいやいや…違うごめん……うああああ咲良だああああああ」
「うわめっちゃ怖いコイツやだ怖い」
泣き縋るあたしを引き攣った顔で見下す咲良を本当に懐かしく思った。そんな顔久しく見てなかったよ安心する。
ごしごしと目元を拭い、二人で教室へ向かえば見知った顔がたくさん居た。
猫宮おはよう、理久ちゃんおはようと、同級生の彼らが声をかけてくる。もう二度と会えないだろうと思っていた皆。それすらも嬉しくて再び泣いてしまいそうになるのをグッと堪えた。
懐かしい自分の机に恐る恐る座ると、薄れていた思い出が溢れてくる。
それと同時に、白石達のことが頭を過ぎった。
結局、戻ってしまった。何も言えないまま、あたしはあちらの世界から消えてしまったのだ。
……多分、芽衣子ちゃんが何かやったんじゃないかなあとは思う。あの『さようなら』はこうなることを分かってたんじゃないのか。
やられたなぁ。まあ彼女が何もしなくても、こうなる運命だったのかもしれない。…白石達と離れて悲しいはずなのに、自分はどこか冷静で。咲良と会えたこと、クラスの皆に会えたことの安心感と、現実であるはずなのに現実味を感じないせいで未だ悲しみという感情を受け入れられなかった。
そして最大の原因は
「勉強やべえ!!!!!!!!!!!!!」
「え何で?」
そう、今戻ってきたということは高校三年生なわけで、大事な時期である。もしかしたら手遅れかもしれないとか言わないでほしい。
そしてあたしはつい最近まで高校"二年生"だったわけで、三年生の勉強内容が若干薄れているのだ。やばい、本当にやばい。いや、教えられれば段々蘇ってはくるが、それイコール自力で勉強ができないということだ。何故か教科書やらノート見てもさっぱりである。いかほどに自分の記憶力が悪いのかを実感した。死にたい。
咲良に少しずつ聞き直しながら、今もあの頃と変わらず咲良の部屋で勉強をする日々。
学校では積極的に先生に聞きに行った。突然勉強ヤル気マンになったあたしを先生達は戸惑いながらも応援してくれていた。
どうした?何があった?と心配してくれた先生も居た。それはそれでどうなんだ。
「理久急にどうしたの…そんな勉強やばかったっけ?」
「いやまあ色々あって……余裕ぶっこいてらんないなって」
「意外だわ……」
勉強をしながら、ふと手を止める。
がむしゃらに記憶を掘り起こし気付けばもう冬間近だった。
それは受験がやばいのもあったけど、ずっと心の奥底に隠して見ないようにしてきた気持ちから目を逸らすためでもある。だいぶ余裕が出来、他のことにも目を向けられるようになってきた最近、その隠していたものが時折顔を見せるのだ。
白石に会いたいなぁ
ちらと咲良の部屋の本棚を見ればそこにはテニプリの漫画があって。それは、彼らが結局は漫画の中の人物であり、この現実世界には居ないのだという確固たる証拠だ。
だから、もうどうしようもない。
どうしようもないと自分で自分に言い聞かせつつも、……あれがあたしのガチ恋愛だったわけで。いや、いやいやいや、結局白石は漫画のキャラクターなのだから、ガチ恋愛とか、お前頭やばいだろってなる。
………本当に好きだったよ。だったというか、今も好きなんだけど。
あまり面と向かって口にしたことはなかった。だって恥ずかしいじゃん。けど今思ってみれば、ちゃんと、好きだよと言っておけばよかった。いつも白石の優しさに甘えて、安心しきってたんだ。
あああああああああああああこんなこと考えてる時点でやばいって!!それこそ漫画と現実区別できてない人になるじゃん!!ぐぉああああああ何か一気に恥ずかしくなってきた………!!!
「理久顔がうるさい!何!!」
「いった!!」
一人で百面相をしていたら消しゴムが飛んできてそのまま床に倒れこむ。
…全部夢、だったのか。ここには白石も謙也くんも財前も千昭も居ない。結局皆は夢で、現実ではなかったということ。ただ、それだけ。
****
暗くなる前にと、あたしは咲良の家を出た。
冬が近いだけあって外は肌寒くて、両手を上着のポケットに仕舞う。息を吐けば少しだけ白くなった気がした。
こちらに戻ってから時々手に懐かしい感触を覚えた。左手。それはよく白石が手を繋いでくれていた感触に似ていて、その度に白石を思い出す。多くはなかった一緒の下校、カップルらしく手を繋いで一緒に帰ったなぁ。あれも夢かそうですか。
今頃どうしてるだろうか。白石も、謙也くんも、財前も。千昭は一人じゃないだろうか、ちゃんと他の友達と一緒に居るかな。いっつもうちら三人でいたもんな。千昭ちっちゃいからなぁ……転んでないといいなぁ。
……あたしが心配する程、何ともないのかもしれない。今まであったことなんか無くなって、いつも通りの日常を送っているのだろう。
芽衣子ちゃんはどうなったかな。あたしが居なくなったことで、何か現状は好転したのだろうか。
まあ…そんなことを今更考えたってあたしに知る術は無いんだけど。
自分の部屋に帰ってベッドに腰を下ろした。
さっきの、左手の感触を思い出す。優しく、だけど力強く握られたような感触。思い出せば思い出す程、白石との思い出が蘇る。
……ちくしょう、嫌だな、女々しい。何もない左手を見下していると、手のひらに涙が落ちた。
会いたくて会いたくて苦しい。夢だったとしても、初めて本気で好きになったのだ。簡単に忘れられるわけないじゃん。ていうか夢だったってのが質悪いよね、何で夢。これじゃあ現実で恋できないじゃん。……白石以上に誰かを好きになれる自信ないよ、あたし。
「……ずっと好きだバカヤロー」
声にしてしまえば、もう我慢することなんてできなかった。次から次へと溢れる涙を必死に抑えながら、声を押し殺して、ひたすら泣いた。
こんなことなら、いつもちゃんと好きだと言っておけばよかった。もっと手繋いでおけばよかった。LINE無視ばっかしてごめん。優しさに甘え過ぎてごめん。振り回してばっかりでごめん。
ずっと、一緒に居れなくてごめん。
ああ本当に、大好きだよ。