バタバタと廊下を走る音。学校の廊下は走ってはいけないと言うが、この時ばかりは彼女も走らずにはいられなかっただろう。
それは学校が昼休みの時間で、各々が自由に昼食をとる時間だった。
彼女、成瀬咲良はこれでもかというくらい走った。人にぶつからないよう注意を払いながら、ある人物に会うために。
大きな音を立て扉が開かれた。扉を抜けて出た場所は屋上で、辺りを見渡せば目当ての人物がフェンスに背を預けて座っている。
「白石くん!!!!!!」
呼んだのは白石だが、その隣には謙也と財前も居た。
咲良の叫びに三人は驚き、固まっている。
「理久が……ッ、……起きたって…………!!!!!」
その言葉に、ガシャンとフェンスが鳴った。三人はさっきとは違った驚きを見せ、意味が分からないと立ち尽くす。
咲良は三人も元へ走りながら、再び口にした。
「さっき理久のお母さんから、連絡きて、ついさっき目覚ましたって……うあああああああよかったあああああああああ」
崩れるようにその場に膝をついて、泣き出した咲良を謙也が介抱する。大丈夫かと背中をさすって、白石に視線を移した。
「そうか……よかった…」
片手で顔を覆い、絞り出すように白石はそう呟いた。泣いているんじゃないかという程、情けない声だ。
だが今は、そんなことを茶化す者はいない。皆同じ気持ちだからだ。
立ち尽くしていた財前もようやく理解が追い付いたのだろう、力なくその場にしゃがみ込むと長い長い溜息を吐いた。
****
「何これ」
枕元の棚に上がっていた高級そうなお菓子?を手に取る。
「ああ、なんだっけ、跡部くん?って子が置いてったよ」
母親に聞くと、どうやら跡部もお見舞いに来てくれたらしい。そしてこのお菓子か。
「食べていいかな」
「いいんじゃない?」
「やったァー!うまァ!!」
「こぼすな!!」
なんじゃこりゃああああああああ何この美味しすぎるお菓子!?これやば……さすが跡部様センス良過ぎかよ。いやまあ跡部がセンス悪かったらそれ跡部じゃないもんな。
美味しいお菓子を食べ、母親に叱られながら考える。
これは夢か???ていうかもう何なのさ。どっちが夢でどっちが現実なのかもうあたしには分かりかねます。これある意味精神崩壊しそうだよ。
失った体力を戻すため数日はリハビリだそうで。は〜〜〜〜かったり〜〜〜〜〜
ていうか待って待って。とりあえず夢なのか現実なのかはさておいて、また高校二年生かそうですか。え?あれだけ受験頑張ったのに?また?もしかしたら受験勉強ですか?
いやいやいやいや冗談じゃない冗談じゃない。あたしがどれだけ、頑張ったと思ってらっしゃる。つーかあの数か月がこっちだと二週間?どんだけ?
すっかり食べきってしまったお菓子の空をゴミ箱へ投げたと同時にドアが開いた。
あ?
「理久!」
咲良と……白石達だった。そっか、もう夕方…学校終わってるんだもんね。
こちらに駆け寄る彼らを見やる。
あたしにとっては数か月振りの、白石だ。どうしよう何か実感が湧かない。
「理久良かったああああああ本当…!!橋から落ちた時はどうなるかと……!!!」
ぼろぼろと泣く咲良を宥める。ああそっか、あの時一緒に居たもんね。
「落ち着けって咲良」
「落ち着いてられないってええええええええ」
背中をさすってやりながら、ちらりと白石を見上げた。
「白石久しぶり。謙也くんと財前も」
「アホ。どれだけ心配したと思っとるんや」
「かたじけない」
へらりと笑えば、白石も泣きそうな顔をして笑った。
その後は皆で話をして、暗くなる前にと帰宅を促す。…まだ居たいと言われたが、もういつでも会えるんだからと言って無理矢理帰した。
皆が帰ってひと息つく。
手離しに喜べる心境ではない。今のあたしには、どっちが現実でどっちが夢なのか、未だ分かっていないからだ。白石達に再会できたことを素直に喜べないのが苦しいところだ。喜んだとして、結局こちらが夢だとするのなら、そんな喜びは束の間だ。…喜ぶだけ、無駄なのだ。
もし仮に、今が現実だとして。
それだって辛い。元々ここはあたしの世界ではないわけで、言い方は悪くなるが思い入れが強いわけではない。
あたしの故郷は、元の世界だから。
「どうしろってんだよ…」
****
それから少しして、あたしは学校復帰を果たした。クラスの皆からは祝福され、大変照れたのは苦い思い出である。恥ずかしすぎた。
勉強内容は咲良や白石に病院で教えてもらっていたため、自分としては遅れは取り戻している気でいた。実際授業を受けても何ともなくて、友人の有難みを痛感した。
「理久、大丈夫か?」
「だから大丈夫だって」
休み時間の度、白石が心配そうに何度も聞いてくる。大丈夫だっつってんだろ!
それでも心配らしく、どこに行くにもついてこようとするから困ったものである。それは咲良や千昭も同様で、逆に見つからないように教室を出ることが困難だった。
ようやく一日の授業を終えて、ホームルームも終えると、部活へ行く者や帰路へつく者様々だ。
「私部活あるから一緒に帰れないいいいいいい」
「いやいいから、大丈夫だから、一人で帰れるから!!」
咲良がぐすぐすと泣きながら腰にしがみついてくる。正直鬱陶しい。子供じゃあるまいし一人で帰れるわ!!
「成瀬さん大丈夫や、俺が送ってくし」
「は?」
「よろしく頼んだよ白石くんんんんんんん」
泣き縋る咲良を見て白石と謙也くんが苦笑いをしていると、ドア付近に人が居るのが見えた。何となく視線を向けると、そこには芽衣子ちゃんが居た。
目を見開いて、驚愕の表情を浮かべている。あたしが居ることが、驚きなのだろうと直感した。心なしか顔色は青く、小さく震えている。
あたしを見ながら、何か口を動かした。その後すぐ逃げるようにどこかへ走って行ってしまった。
"なんで"
そう言っていたと思う。なんであたしが居るのか、そういうことだろう。あたしにも分かんねえよちくしょう。
白石に呼ばれ、二人で下校することになった。謙也くんは部活だという。じゃあ白石お前もだろうと言うと、俺はええねんと言った。何がいいんだ。
ごく自然と白石に手を引かれ、二人でゆっくり歩いて行く。他愛のない会話をしながら。
途中、あの橋に差し掛かった。
あたしが落ちた、あの橋だ。
「うわあ、こっから落ちたんかあたし」
「よう生きとったわホンマに」
「な。」
あの日とは違って乾いている欄干に手をついても滑ることはなく。そっと下を覗けばかなりの高さがあって若干鳥肌が立った。無理無理怖すぎ。
そして落ちてからの日々を思い出す。走馬灯のように頭の中を駆け巡って、一瞬、時が止まってしまったような感覚に陥った。
そうだ、今は夢なのか現実なのか。忘れていた不安が押し寄せ、顔を顰める。
……あたしは、元々ここの世界の人間じゃない。あたしの生まれ育った世界は、白石が居ない世界だ。そりゃあここを離れてしまった時は悲しかったし寂しかった。けど、やっぱり元の世界とは比べ物にはならない。
何より、また、咲良と離れてしまった。アニメの映画観に行こうって約束した。服買いに行こうって、新しいパンケーキ屋さん行こうって、約束した咲良だ。
もし今、またここから落ちたなら。
戻れるのかな。あの日の続きから、過ごせるのかな。
だとしたら………