22悲劇と喜劇のハーモニー

腕にぐっと力を入れ、吸い込まれるように体を投げ出しそうになった瞬間、何か強い力で後ろに引っ張られた。
驚いて振り返れば物凄く焦った顔の白石が居て。
………あ……うわああ…………あたし今何しようとしてたっけ…

「何しとんねんアホ!!!!」
「……うわあびっくりしたあたし何しようとしてたんだろ…」

自分の無意識の行動に青ざめた。今飛び降りようとしてた……しかも無意識…やば……
白石はあたしを引き寄せ、思い切り抱き締める。やめてぇここ外ですしかもそこそこ交通量あるとこです

「お前が目ぇ覚まさなかった間、どれだけ不安やったと思ってんねんアホ…!!」
「ごめん……ちょっと…寝てる間あたしも色々あってさ…」

そう言うと、白石は体を離して首を傾げた。
白石になら……言ってもいいかなぁ。


部屋へ白石を入れると、久しぶりやなと呟いた。
ベッドへ座ったあたしの左側に白石も座る。本当久しぶりだなぁ、白石が部屋に来るのは。

「寝てる間ね、夢見てたんだよね」
「夢?」
「元の世界の夢」

ぴくりと白石が反応する。何か不安にでもなったのか、咄嗟にあたしの左手を掴んだ。

「あの日の続きを、過ごしたんだよ。白石と出会う前の日の、続きを。迎えることのできなかった次の日」

ぎゅう、と白石の手が強まった。
そこで気付いたことがある。この感触………あの時々感じてた感触に似ているのだ。

「ねえ白石」
「ん」
「あたしが寝てる時、……手、握ってた?」

恐る恐る、白石に問いかける。あたしの言葉に、彼は小さく笑って

「何でわかったん?」

そういうことか。
あの感触って、本当に白石が握ってくれてたものだったのか。ということは、結局ここが現実で、咲良と高校を卒業した世界が夢だったのだ。
理解した途端に涙が零れる。そうか、そうか。あの日常が、夢だった。幻だったわけだ。
そっかぁ……

「ッ」
「理久、どうしたん」

急に泣き出したあたしを見て白石は驚き、手を握りながら顔を覗き込んでくる。

「もうやだよ……何であたしが…あたしが何したっていうんだ……何であたしだけこんな辛い思いしなきゃなんないの………咲良に会いたいよ…元の世界に…帰りたいよ…」

ぼろぼろと泣きながら、子供が駄々をこねるように。
あたしの言葉を聞いた白石は悲しそうに顔を顰め、あたしを強く抱きすくめた。

「理久、」
「……懐かしくて…咲良も、あっちの学校も、皆も、すごく懐かしくて……二度と会えないと思ってたから……戻ったんだと思った…あっちの世界に……白石と離れたのは、すごく寂しかったけど、結局あたしはここの人間じゃないからしょうがないって思って……けど本当は今が現実で、戻ったと思ってた日々が夢だった……何で、何で夢なの…」

嗚咽を漏らしながら、縋るように白石の服を掴む。

「約束したんだよ、卒業してもまた遊ぼうねって。一緒に映画観に行こうねって。確かに約束したんだよ……どこかへ行くことも、思い出話をすることもできない…記憶はあたしにしかないんだから…あたしが忘れてしまえば、終わりなんだよ……」

結局あたしは独りなんだ。それはこの先も変わらないんだろう。誰かと居たって、あたしはこの世界で独りぼっちだ。

「……ごめんな、理久。俺はお前がここに居ること、死ぬほど嬉しい。お前が苦しいのは分かっとるけど、それでも、またこうして一緒に居れることが何よりも嬉しいんよ」

その声は、僅かに震えていて、泣きそうで。痛いくらいに抱き締めてくる腕も震えていた。ごめん、ごめん。白石を巻き込んでごめん。

「白石まで泣かないでよ…」

体を離して顔を見上げれば、白石は静かに涙を流していた。ぐっと眉間に皺を寄せて、悲痛な表情を浮かべながら。もう一度泣かないでと言えば、隠すようにあたしの肩に顔を埋めた。

「嫌や、もう、あんな思いしたない……お前が橋から落ちて、病院運ばれたって聞いて心臓止まるかと思った。意識が戻らへんくて、…もう理久の声、聞けないんかと…思って…」
「…ごめん」
「理久が辛いのは、分かる。けど、俺にはお前しか居らんから。死んでもお前とは離れたない。そこだけは譲れへん。頼むから……俺のために、ここに居ってや」

今にも消え入りそうな声だった。白石の背を撫でながら、辛いのはあたしだけじゃなかったんだと思い知らされる。…こんな時でもあたしは白石の優しさに甘えようとしてしまったことに酷く幻滅した。最低だな、あたし。

****

その日の夜、眠りにつくと、途端に目が覚めた。あれさっき寝たはず、と思いながら周りを見ると、一面真っ白だった。何もない、ひたすら真っ白。ああこれ夢か、と一人で納得していた時、背後から猫の鳴き声が聞こえた。
驚いて振り向けば、真っ白な空間に真っ黒い猫が居たのだ。

「………どっかで見たことあるなあお前」
「よく遊んでもらってたからね」
「うわああああああああああああああ!!?!」

猫が!!喋った!!猫が!!?!??!喋っ…!!!?!?

「あ……あ!?家の近くいっつもウロウロしてた猫だ!!!?!?」
「そうそう〜その節はお世話になりました」

尻尾をゆらゆら動かして、可愛らしくにゃあと鳴く。うわ可愛い…

「ていうか…これは一体……」
「謝りにきたんだよ」
「あ…?」
「君がこの世界に来たのは、ぼくのせいだから」
「はー?」
「近くに神社あったでしょ?ぼくそこの神様のお使いしてるんだけど」
「カミサマー……」
「ぼくと遊びながら、受験勉強嫌だって言ってたじゃない。テニプリの世界行きたーいって」
「……うわあ何か言ったような言ってないような……記憶が…」
「いつも構ってくれて、時々おやつくれて、ぼくそれがすごく嬉しくて。だから叶えてみたんだけど……まさか死にそうになるとは思わないし、意識戻しても無意識にまた死のうとするし…さすがに慌てちゃったよ」

目の前の黒猫はわざとらしく溜息をつきながら項垂れた。

「結構危なかったんだよ。あのままだと本当に死んでた。君が生きる気力を失わないように一時的に精神だけを夢の中に移したんだ」
「はー……」
「体のほうもだいぶ安定したから、目覚めさせたんだけど……そこまで思いつめるとは思わなかった。ごめんね」
「いや……まあ………うん…。やっぱね、思うところはあるよね」
「君が死にかけたのは照井芽衣子のせいだよ。あの子は、君が居なくなることを望んだんだ。どうやってこの世界に来たのは分からないけど、何か、一度きりの奇跡に頼ったらしい。とりあえずもうこれ以上何かされる心配はないだろうね」
「やっぱあいつかちくしょーーーー」
「でね。もう君はここの住人だから、前の世界に戻ることはできないんだ」

『戻ることができない』
それを聞いて、落ち込んだ半面、安堵した。じゃあもう白石を悲しませることはないんだと思った。

「君が辛いのはぼくのせいだし、君を殺しかけたあの子だけお願い叶えてもらえるなんてずるいし。ってことで、お詫びに一つ、君の願いを叶えるよ」

ぱちぱちと目を瞬かせた。願いを、叶える。それは…

「何でも?」
「何でも。と言っても、元の世界に戻るってのはできない。もう君にとって『元の世界』というものは存在しないんだ。今居るこの世界が君の世界だから」
「……わかった。それ以外なら、何でもいいんだね」
「お金持ちになるとか?超能力を手に入れるとか?永遠の愛を手に入れるとか?」
「ありきたりすぎね??」
「じゃあ、君は何を願うの?」


あたしは少し照れたように笑って、願い事を口にすると、猫はちょっと拍子抜けといった顔をした。けれどもすぐに了承してくれた。


「起きたらもう叶っているはずだよ。ぼくはぼくの世界に戻るとしよう。辛い思いばかりさせてごめんね、遊んでくれたこと本当に嬉しかったよ。元気でね」

割とあっさりしてんなと思いながら、黒猫が消えたと同時に目を覚ます。あれこれ寝てないのと同じなんじゃ……?と思ったが、別に眠くはなかったのでそのまま起きると学校へ行く準備をした。

****

早く起きたせいで、教室についても誰一人居なかった。
もし、本当にあたしの願いが叶えられているとするのなら。きっと………


すると、遠くから誰かが走ってくる音がする。多分全力疾走だ。その足音の犯人はあたしの教室のドアを勢いよく開ける。

「………」
「………」
「………理久…」
「おはよう咲良」
「…………………………高校二年生……」
「そうでーす!」
「大学受験やり直しかよちくしょう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



理久の願い

『前の世界の咲良の記憶を、こちらの世界の咲良に移してほしい。夢の中で過ごした部分まで、全部』