学校に復帰してから、全くと言っていい程芽衣子ちゃんに会わない。
まずこちらから出向くことは無いとして、あちらからも顔を出しにくることもなかった。
何かもうその時点で確信犯だよね。
別に会いたいわけでもない、むしろ会いたくない。だからこうして顔を合わせることがない現状に安堵していた。
「え、辞めた?」
ある日の朝。朝練を終えてきた白石が開口一番に予想だにしなかった一言を放つ。
それを聞いた時、素直に驚いた。
「急に昨日な、退部届出したらしいで」
芽衣子ちゃんがマネージャーを辞めたらしい。
何があってもそんなことはしないだろうと思っていたのに、突然である。
辞めたらしいと言ってきた白石もあたしと同じように首を傾げ、納得できないような顔をしていた。
「いや……嬉しいことなんやけど…なーんかな」
「ぶっちゃけ怖いな」
「それやねん。あの子がこのまま終わるとは思えへんねん」
「漠然とした身の危険を感じる…」
二人で顔を青くする。はっきりとしない不安に駆られ白石は顔を引き攣らせて視線を逸らした。
「理久」
「何」
「夜道と背後には気を付けたほうがええで」
「真顔で言うな!何でそんな不安煽るようなこと言うんだよ!」
「いやマジで」
「やめろって!!」
もうすぐ夏だというのに寒気を感じて両腕を擦った。本当にやめてほしい眠れなくなるじゃねーか
「でもホンマに何してくるかわからへんからなぁ……用心しとかへんと」
「それはわかってるんだけどさー…未知数だからどう気をつけていいかわからん」
「防弾チョッキ着る?」
「ガチなやつ……戦争かよ…」
「最後は肉弾戦なんやろ?」
「それ咲良の狂言だから…」
ちゃうの?と首を傾げる白石にあたしも首を傾げた。何でこいつはそう思っているのか。現実的に考えてそんなことあると思ってるのか。あっていいはずがないわ。
そんなことを言いながら白石は思い出したようにポケットを漁り、飴を一つ渡してきた。何だよ急に。
渡された飴を見ると、好んで食べていたさくらんぼ味の飴だった。
「あ、これ好きなやつ」
「前に食べてたやろ」
「よく見てますねぇ」
「理久にバレへんように拝借しとった」
「どうりで数の減り方が激しいと思ったよ!!!!!!!!」
そう怒鳴れば、白石は腹を抱えて爆笑する。最終的には声も出せなくなって、ぶるぶると体を震わせて爆笑していた。結局笑っていることには変わりないので、向けられている奴の後頭部を思い切り叩いてやった。
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白石とそんな話をして数日、相変わらず何もない平和な日常だ。
何も無さ過ぎて毎日びくびくしている。怖すぎる。
放課後少し残って、今の内だと宿題を片付けた。まだ教室には数人残っていて、あたしは宿題が終わると残っている人に声をかけて教室を出た。そろそろ外がオレンジ色に染まる時間である。
誰も居ない廊下を歩いていると、ふと後ろから名前を呼ばれた。反射的に振り返れば、そこには会いたくなかった人物が居た。
「…びっくりした、芽衣子ちゃんか」
「今帰りですか?」
「うんそうだよ」
「理久先輩、入院してたんですよね…お見舞いとか行けなくてすみませんでした…」
白々しい。顔には出さず、心の中で失笑した。
「玄関まで一緒に行っていいですか?」
「いいよ」
二人で並んで玄関を目指す。今この瞬間も、何があるか分からないと緊張した。横目で芽衣子ちゃんを盗み見ても、普通だった。今から何かしようと考えてるような気配はない。
だから、少し油断したんだと思う。
「理久先輩」
あたしの名前を呼んで、芽衣子ちゃんは立ち止まった。
何?と振り返りながら聞こうとした時、体に衝撃が走る。
「ッ!?」
振り返った途端、芽衣子ちゃんに力強く押された。突然のことで、足に力が入らずそのまま後ろに倒れこんでしまう。受け身も取れず背中と腰に痛みが走った。幸い頭を打たなかったことだけに安心する。
痛みに顔を歪めながらも顔を上げると、芽衣子ちゃんがあたしの上に跨った。
えっ、あたしそっちの趣味は無いです……
「芽衣子ちゃ…」
「何であんたなんだろうね」
「は……」
彼女の顔を見た瞬間、喉がヒュッと鳴った。
無表情。ごっそりと顔から表情が抜け落ちて、こちらを覗く顔。人間こんな顔できるんだと、心のどこかで少し感心してしまった。
「あんた邪魔なんだよ。何であんたばっかり好かれるわけ?私がヒロインなのに、おかしいよね」
何もおかしくない。お前がヒロインだと誰が決めたんだ。もしかしたらヒロインかな?何て考えてはいたけど、決まったわけじゃない。
「あんたが居るせいで、私は一番になれない。何で生きてんの?消したはずなのに、何で生きてんの?あーあ、こんなことなら全員私のこと好きになりますようにって書けばよかった。あんたが死なないなんて考えもしなかったわ」
うわお、コイツが馬鹿で良かった。そんな願い事されたらもっとしっちゃかめっちゃかになってただろうな。良かったー!馬鹿で良かった!
彼女は自嘲気味に笑う。笑うと言っても、目は笑っておらず口元だけだ。
ていうか退いてくんねーかな
「私ね、白石先輩が一番好きなんだぁ。他の皆も好きだけど、一番は彼なの。皆に好きになってもらって、最後は白石先輩の手を取るはずだったの。なのにあんたが居るせいで、見向きもしてくれない。本当意味分かんない、私は彼らに愛されるためにこの世界に来たのに」
なあ、そんなことべらべら喋っていいもんか?これあたしが何も知らなかったらただの妄言者にしか見えないぞ?ていうか何でそんなべらべら喋ってんの?何がしたいの?
「だからさ」
彼女がポケットに手を入れたかと思うと、そこから出してきたものに驚愕した。
折り畳み式のサバイバルナイフは、小さな金属音を立てて刃を見せる。まさかの光景に思わず鼻で笑ってしまった。マジかよ。
「ちゃんと私が殺すことにした。ばいばい先輩」
何かこう、もう少し躊躇いとか、猶予とか無いんか。
彼女は右手でサバイバルナイフを握ると小さく振りかぶり、あたしの首に照準を当てる。まさかの首。殺る気満々や。
こんな時でも、どこか暢気なことを考えている自分に呆れる。
そうしている内に、彼女はナイフを振り下ろした。