運が良かっただけなのか、はたまた自分にはそういう才能があったのか。
とりあえずその審議は後々ゆっくりすることにしよう。
小さな、されど殺傷能力の高いそのナイフが振り下ろされる時、考えるよりも早く体が動いた。体というか、あたしの左手が。
ナイフと共に振り落とされた彼女の右腕を、奇跡的に掴めたのである。だがそこは左手なので、利き手の右手より力は無い。
不安定な自分の左手に、今度は意思を持って力を入れた。
首に刺さるはずだったナイフの先端は、首から三センチ程上で止まっている。
「何止めてんのよ!」
いやいやいや、止めるでしょうよ。まだ死にたくないんですけど
ていうかさ
「あたしが死んだところで、どうにかなると思ってるの?無理じゃない?ゲームじゃないんだからさ」
力の推し比べというか。そんな攻防を続けながらも、目の前の殺気に満ち溢れた彼女に言う。すげえな、山姥みてえ。
「それでも……!!あんたが居ることで皆あんたしか見ない!!だからあんたは死ななきゃなんないの!!」
そんな理不尽な。
皆に目を向けてほしいのならもう少し態度を改めろ。いつまでもドリーム脳でいるんじゃない。今まで架空だったものは、今現在確かな"現実"となっているのだ。
小説やゲームと違って未来は決まっていない、お前自身の行いが未来を作っていくのだ。
「ねえ、この世界にはある?『お祈りサイト』って知ってる?」
お祈りサイト。
就活をしている人には少し耳障りが悪い単語ではあるな。
けどまあ、あたしはそれを『知っている』
前の世界であった、所謂都市伝説だ。
ネットの中に、あるかもしれない願いを叶えてくれるサイトらしい。それはいつどこで、誰の前に現れるかわからず、まあ色んな話を混ぜ合わせた作り話だろうと思っていた。
というか、皆そうだと思っている。そんなもの、実際あるわけないのだから。
この世界には、お祈りサイトなどという都市伝説は存在しない。ということは、結局彼女は同郷ということだろうな。
ただ、あの都市伝説には大切な注意事項があった気が……
「見つけた時は目を疑ったよ。都市伝説だったんだけどね、まさか本当にあるなんて」
昔話を話すかのように、彼女の頬は緩む。いつも見ていた花のような笑みに、鳥肌が立った。
「お願いを叶えてくれるっていうサイト。そこにはね、三つまで願い事を書けるの」
じゃあお願いサイトのほうが良かったんじゃないか。ちょっと間違えてないのか都市伝説作った奴。
「私嬉しくて。テニスの王子様の世界に行きたいって書いたの。他に望むことなんてなかったけど、どうせ愛されるなら可愛くありたかったからもう一つは素敵な容姿って書いたんだぁ」
はぁ。
心底どうでもいい。というか少しは力を抜いてくれてもいいのに一瞬も緩まぬ攻防は続いたままだった。そろそろ力が尽きそうである。
「三つ目はね、この世界に来てから書かなきゃならなかったの。別世界に行くんだから、ここで何か不便があれば書きなさいって。だからね、あんたが消えればいいなって書いたんだけど、何で失敗したのかなぁ」
馬鹿だなお前。そんなことの為に最後のお願いしちゃったのかよ。ちゃんと考えてお願いしなさいよ。
そんなことを考えていると、途端に左手が一層重くなった。おいおいおいお前のどこにそんな力があるの!?馬鹿力かよ!!
少しずつナイフの先端が首へ近づく。ちょっとでもずらそうと顔を必死に背けた。
「………何よ、それ」
顔を背けた時、首元で小さな金属音が鳴った。
その音が鳴った原因の物を、彼女は目を見開いて凝視している。
「それ……白石先輩も同じ物してた………」
今、自分は殺されそうなわけだが。
そんな指摘をされて、あたしは彼女を挑発するように、不敵に笑ってしまう。
「相思相愛なもんで」
へらっと笑ってそう言うと、彼女の目がこれでもかってくらい殺気に満ち溢れ、ナイフを握る右手に左手も加わった。
あたしは驚いて、自分も咄嗟に右手も使い応戦した。
それでも少し反応が遅れたせいで、既にナイフの刃先が首に当たっている。これ以上、押されるわけにはいかなかった。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
呪詛のようにそう繰り返す彼女は大変恐ろしかったが、今は四の五の言ってられない。なんとしてでも逃れなければ。
しかし悲しきかな、憎悪の増したことで力も増してしまったようだ。じりじりと刃先が首にめり込むのが分かる。痛いはずだが、興奮しているせいか今はそんな痛みを感じない。
まずい、本当にまずい。
このままだとあたしが力尽きて、首に突き刺さる。はー何て人生だよあたしの人生。ただの平民なんですけど。どんだけ波乱万丈なのよ。
諦めることはないとは言え、そろそろ限界である。
尚もめり込むナイフに、どうにか死なない程度に刺さってくれないかと考えながら、力を緩めそうになったその時だった
「何してんねん!!」
頭上から、そんな叫び声が聞こえた。
それを聞いた彼女は、びくりと体を弾ませ咄嗟にあたしの上から飛び降りた。一瞬だけ見た彼女の顔は顔面蒼白で、何を今更そんな顔をするんだと思う。
そして彼女は走って逃げたのだ。おい嘘だろ
体を起こして走り去った彼女の背中を呆然と眺める。
えー逃げるんかい。いやまあ逃げるか……
眺めながら、熱さを感じる首に手を当ててみれば、何故か湿っていて。
嫌な予感を感じながらその当てがった手を見ると真っ赤に染まっていた。ひぃ……あのナイフ切れ味よかったのね………さては新品だな……
「理久!?大丈夫か!?」
先程の声の主は、謙也くんだった。タイミングがいいですね助かったよ
「見てくれ。あたしの首どうなってる?」
その場で立ち上がり、後ろから駆けてきた謙也くんに向き直ると、謙也くんは小さく悲鳴を上げて立ち止まってしまった。
「うわああああああ!!?え!?理久さん血出てますけど!!?ぎゃあああああああああ!!!?!?」
彼女もなかなかの顔面蒼白ぶりだったが、謙也くんもまた顔面蒼白である。若干涙目でもある。
ていうか理久さんて。混乱するにも程があるよ謙也くん。
「そんなに出てる?ていうか今になって痛みがきてるうおああああ痛い」
よろよろと謙也くんに近づくも、あたしが近づけばその分謙也くんも後退りをしてしまう。やめろ傷つくだろ!
「とりあえず、保健室やな……!!?」
せやな……