ツンとするような、薬品の独特の匂いが充満している。
青ざめた謙也くんに連れられ保健室に行くと、先生はもう帰ってしまったようだった。嘘だろ。
謙也くんが居た理由は、教室に忘れたスマホを取りに来たというものだった。急いで取ってくるからと保健室から飛び出ていった。物凄い勢いだ。
いやー間一髪でしたなー
ずっと首に当てていた手を離すと、血が固まり手のひらにこびり付いていた。傷口にはじくじくとした痛みが帯びている。洗ったほういいのかな
そんなことを考えながらどうしようかと部屋の中でウロウロしていると、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。
まあ謙也くんだろうな。転ばなきゃいいけど
もうすぐ顔を出すであろう謙也くんを想像しながらドアに目を向けていると、顔を出したのは謙也くんではなく白石だった。
「!?」
「理久……それ…!」
白石の視線はあたしの首にあった。眉間に皺を寄せ、言葉に詰まっている。だいぶ衝撃的だったようだ。
「生きてます!」
「見たら分かるわアホ」
近付いてきた白石を安心させようと叫んだらぺちんと額を叩かれた。ビリビリ響く、痛い。
「ていうか何で白石」
「謙也から連絡来た。丁度部活終わって着替えとるとこやってん」
あらやだそんな時間でしたか。
とりあえず手当てをしてくれるらしく、消毒液を染み込ませた綿で傷口に触れた。
「いああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛いだいいだいいだいいだい刺激が電気のようだ!!!!!痛い!!!!!ああああああああ!!!!!」
消毒液が触れた途端鋭い痛みが全身を駆け巡る。これは本当に痛い。予想以上の痛みにボロボロと涙が零れた。
いや本当に痛い。いやちょっと………本当に痛いんだって…
「……これ、照井さんか?」
優しくガーゼを貼ってくれながら、痛々し気に顔を歪ませ少し顔色が悪い白石が言う。
当事者のあたしよりも深刻そうな顔をする白石に大変申し訳なくなる。
「邪魔だったんだって。あの子白石のことが好きだったから、あたしが邪魔だったんだってさー」
「……謙也が居ってよかった」
「白石、あたし大丈夫だからそんな暗い顔しないで頼むから。多分咲良がこれ見たら爆笑するよ」
「いやさすがの成瀬さんもそこまで鬼やないやろ」
「あー分かってない、分かってないよ白石。咲良のこと分かってない」
「俺が悪いみたいやないか何やねん」
緊張感に欠けた態度のあたしに白石は溜息をつき、そっと頭を撫でてくる。そのくすぐったさに目を細めると、安心したように小さく微笑んだ。
「無事でよかったわ」
「本当にな……」
****
その後謙也くんと財前と合流して、さらには咲良を呼び出した。
先にファミレスに入り、咲良を待つ。呼び出して少ししてからこちらに気付いた咲良がこちらへ駆け寄ってきた。
「ん!?理久その首どうした!?」
「芽衣子ちゃんにナイフで刺されそうになった」
へっ、と両手を投げ出してそう言うと、少しの間の後咲良は笑いだした。それはもうゲラゲラと。失礼過ぎる。
「肉弾戦した!!?」
「それどころじゃなかったんですぅー!」
「あははははははは!!!!!」
大変不満ではあるが、咲良が笑い終わるのを待ってから話を切り出す。
「咲良さ、『お祈りサイト』って覚えてる?」
「あー…あの都市伝説でしょ?」
「都市伝説?」
パフェを食べながら財前が首を傾げる。ちなみにそのパフェはあたしの奢りだ。奢らされたのだ。今日も今日とて高いの食べやがって。
「あたし達の世界に在った都市伝説」
本当にあるか分からない。ネットの中に潜んでいていつどこでどんなタイミングで、誰の前に現れるか分からないサイト。
運良く出会えれば、どんな願いでも叶えてもらえるという。
「それが関係しとるんすか?」
「そう。芽衣子ちゃんね、そのサイトのおかげでこの世界に来たらしいんだわ」
「えー!あのサイトマジであったの!?」
「白石達は知ってる?お祈りサイト」
そう問いかければ白石達三人とも首を横に振る。
「聞いたことないなぁ」
「だよねぇ」
あたしも頼んだパンケーキをつつく。あー苺の酸味がとても美味である。
「咲良、あのサイトに規約みたいなのあったの覚えてる?」
「あー………なんだっけ……もしサイトを見つけても誰にも言うな的な」
「そうそう、もし誰かに言ってしまったら、その願いが呪いとしてあなたに返りますよーっていう」
「そんなこと書いてたなそういえば………あれ…それって……」
はた、と咲良が何かに気付く。
「言っちゃったんだよねえ、あたしに」
そう。誰にも言ってはいけないという約束を破り、彼女はあたしに言ってしまったのだ。本題はこの部分である。
「白石達が知らないように、この世界に存在しないのなら言っても無効だと思ったのか。けど実際あたしは知っていたわけで……これって…どうなるのかな」
あたしの問いかけに、口を開いたのは白石だ。
「ここに存在してへんやったら、無効なんちゃう?」
「やっぱりそうなのかなぁ」
腕を組んでうーんと唸る。というか呪いというのがいまいちピンとこないんだよな。どうなるんだろう……
そして明日からあたしはどう生活したらいいんだ。これから身の危険を感じながら過ごしていかないといけないのか。辛すぎる。え何、護身術とか習いに行ったほうがいいのか?
「……空手とか、習いに行こうかな…」
ぽつりとそう呟くと、いち早く反応したのは咲良だった。
「お!!肉弾戦か!!前準備か!!いいね!!」
「咲良はどうしてそんなに血の気が多いの?」
「漫画といったら戦いじゃない?」
「もう漫画じゃないんだってここ……」
何故かとてもヤル気充分な咲良に力が抜ける。力強く拳を作って自分も加わる気でいるのだろうか、ややこしくなるから遠慮願いたい。
「まあとりあえず、これからのあっちの出方次第やなぁ」
「謙也くん今日は本当助かった」
「あれは心臓に悪すぎた……」
それから今日あったことを事細かに説明して、少しの談笑の後それぞれ家に帰った。
次の日、一限目を終えた休み時間、財前が血相を変えてあたし達の教室へ訪れた。
照井芽衣子が消えたという。