六月某日






ぽつり、ぽつり。


縁側で少し湿気った中庭を眺め、これまた じめっ とした水分を含む空気を感じると、思わず顔をしかめたくなる。
早く終わって欲しい、ぽつりと溢れる雨が運んできた六月。

そんな私のモヤモヤした気分とは裏腹に、ちゅんちゅん、と元気な鳥の声が耳をくすぶる。


「鳥は髪の毛がなくていいなぁ」


だからそんなに元気なのか。そう呟き、静かに空気を吸った。

でも、坊主頭は嫌だなあ。

少し癖のかかった自分の髪に触れ一呼吸置いた後、ため息混じりの白いモヤモヤを吐き出す。


「ぬしさま、ぬしさま」


そこへ、先ほどより私の隣で寝転ぶ小狐丸の声が加わる。


「ぬしさま、ぬしさま」


私が横目で どうしたのか と目配せを飛ばすと、先ほど吐き出した白いモヤモヤの素を指差しながら続けて言葉を投げかけられる。


「この、白い霧のようなものは…」

「これは、煙草ですよ」

「たば、こ?」


この形状の…紙巻き煙草を見るのは初めてなのだろうか。
私の時代ではパイプ煙草や煙管のような物より、紙巻き煙草が主流なのですよ。と教えると「ふむ。」と納得した様子。
煙管は憧れますけどね。と付け足し微笑むと、ひとつ間を置いて微笑み返してくれる。


「でも、本当は吸うのやめようかなと考えていたの」

「なにゆえ?」

「それは…」


そっと真っ白な毛並みを整えるように優しく頭を撫でると、目を細めて気持ちよさそうにする小狐丸。


「小狐丸の綺麗な毛にニオイや汚れが付くのは嫌だもの」

「汚れはともかく、煙草のニオイは悪いもの、ですか?」


「よっこいしょ」と、お年寄りのような掛け声の後に投げられた問い。
起き上がる小狐丸を見つめ、言葉が詰まる。


「…一般的にはニオイも良くないものとされていますね」


そう答えると、小狐丸は納得していないようで、少々難しい顔をしている。


「小狐丸は、煙草のニオイが好きですか?」


今度は私が問い掛けると、小狐丸はふんわりと笑い、鼻をすんすんと動かした。


「これもまた、ぬしさまの香りですので。小狐はこの香りが悪いものだとは感じませぬ」

「あっ」


「ぬしさま、ぬしさま」と飛び付いてきた小狐丸を支え切れず、呆気なく後ろに倒れてしまう。相変わらず名前に似つかわしくない大きさだなぁと苦笑いひとつ。


「ぬしさま、ぬしさま。」


気付けば指の先で忘れ去られた煙草は、既に火が消えていた。


「また暫く、禁煙はできそうにないですね。」


ぽつり、ぽつり。




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