十一月某日





どくどく、どくどく。


中綿へ染み込むオイルの香りが運んで来た十一月。

慣れた手つきで、私はライターの手入れを進める。久しぶりの感覚に胸が踊る。
それは、一連の作業を真剣に見守っていた清光の気が、そろそろ完全に消える時だった。


「まだー?」

「もう少し、もう少し!」

「…さっきも言った。」


清光は私の手の先で光るライターを睨んだ。
「マッチの消費量が…」と悩んでいたところ、本丸の皆がお金を出し合いプレゼントしてくれた物だ。


「マッチで吸う煙草も味があって良いけど、オイルライターもやっぱり良いね。」

「ふーん。で、まだー?」


零さないよう、丁寧にライターの中綿へオイルを染み込ませる。ゆっくり、ゆっくり。


「それ、こんなに時間掛かるものだったんだね」

「一度に出すと、溢れちゃうからね。少しずつ、染み込ませるの。」


マッチのままで良かったかも…そう言いたげな彼の頬は、次第にぷくぷく膨れ上がる。


ぷくぷく、


「ねぇ」


ぷくぷく。


「まだー?」

「…できた!」


清光が急かすお陰で、恐らくまだ半分程しか染み込んでいないが、オイルの注ぎ口を離す。最初だし、十分だと納得する。


「早く吸ってみよ!」

「そうだね。」


自分は吸わないのに目を輝かせ、私の手を引く清光の手は、少し冷えていた。





「星、綺麗だね」

「主の方が綺麗だよ!」


相変わらず、さらっと言うなぁ。頬が熱くなる。
二人で冷え切った縁側へ、並び腰を掛ける。


「おしり、冷たいね。」

「だねー。座布団持ってくる?」

「うーん。空気も冷えているし、一本吸ったら部屋に戻ろうか」


まだ十一月、されど十一月。すっかり暖かさが恋しい季節になったと実感する。


「早く、点けてみてよ!」

「はいはい」


しゅっ、しゅっ。


マッチとは違った、石の擦る音が響く。


しゅっしゅっ。


「いただきます」

「召し上がれ」


「変なのー」なんて顔を見合わせ笑い、煙草に火を点ける。
嗚呼、これでマッチを犠牲にする日々から解放されるのだ。今迄犠牲になった数々のマッチ達へ敬礼し、ひと吸い。


「どう?」

「やっぱり良いね!みんなに感謝しなきゃ。清光もありがとう」


ふぅ、と煙を吐き出す。

もくもく、もくもく。


月の光にあてられた煙を眺めていると、清光がゆっくり唇を動かした。


「…あまり、吸い過ぎないでね。」

「え…?」

「薬研から聞いた。人間の寿命は、ただでさえ短いのに…」

「…」


私は唇を閉ざす事しか出来なかった。確かに煙草は寿命を縮めると言う。あまり考えた事なかったなぁ。
それでも煙草は、御構い無しに燃え続ける。


「…ほどほどに、します。」

「うん…そうして。」


困ったように笑う彼の表情は、今にも涙が降りそうで…
私は、そっと目を逸らす。


「一応、安定には内緒にしといたよ。薬研にも口止めしておいた」

「そう…ありがとう。」


病で弱っていく元の主を見届けた過去を持つ安定。そんな彼が「煙草は寿命を縮める」なんて聞いたら、直ぐにでも辞めるように飛び掛かってくるだろう。


「俺もすーっごい心配だけど!でも、主は煙草、好きなんでしょ?」

「うん…」

「だから、ほどほどに、ね…」


清光が消えそうな言葉と共に唇を動かし終えると、頭へ手が落ちてきた。


「さ。さっさと吸いきっちゃいなよー?」

「う、うん。」


手元の煙草へ目をやる。あと半分と少し。
寿命を縮める、か…


「さみしい、ね。」

「え?」


彼等は神様で、自分はただの人間なんだな。そんな事を考えると、自然と唇がそっと動く。


「私も寿命なんかに縛られず、みんなと一緒に生きていたいな、なんて。」

「…そうだね。」


冬が近づいている事を知らせるかの様な冷たい夜風が吹いているのに、困った様に笑う彼の隣は暖かい。
此処をいつか離れる日が来るのだろう。そう思うと、楽しそうに鳴く鈴虫が少し煩い。


「…神隠し」


清光から聞く、久しく聞いた言葉に動揺するかの様に、どくどくと心臓が鳴く。


神隠し≠ヘ審神者になる際に行われた研修会で、密かに噂になっていた。
神格は低いと言えど、付喪神。神様に変わりはないのだから、神隠しをする事は容易だと言う事。
真名を教えてしまうと、人間の私達は連れて行かれてしまう、と言う事。

その時の私は、どうせ夏に蔓延る信憑性に欠ける怖い話≠ニ同じで、ただの知らない誰かの作り話≠ニして受け流していた。


「…できる、の?」

「うん、できるよ。これでも神様だしねー」


答え合わせの結果に、開いた目と口が塞がらない。できるんだ…
無意識に腰を浮かせ、清光と距離を取る。


「でも、俺は主の真名を知らないし、他にもいろいろと条件が揃ってないと。」

「容易に、では無いんだね」


「まぁねー」と彼は返事をすると、縁側から立ち上がった。

噂は確実なものではなかったが、ほぼ$ウしかった。
信じないだけであって、怖い話だとか都市伝説だとかの類を聞くのは好きだ。しかし、自身が当事者となると、流石に冷や汗が流れそうな気分。

身を震わせていると、背中が急に温かさを覚える。


「主の願いがみんなと一緒に≠カゃなくて、俺と一緒に≠セったら、今すぐにでも神隠ししたのになー!」

「え?」


温もりの正体は、耳の側でいじけていた。
背後から抱き締められ、頬が熱くなる。


「主が望んでない事は、俺だって出来ればしたくないし…神隠しは無理だね。」

「私が望んだら…?」



「するよ。」


頬を撫でる、清光の髪がくすぐったい。

今、彼がどんな顔をしているのかは解らない。声から察するに、とても真剣な顔と、どこか悲しそうな…寂しそうな表情を合わせた、複雑な表情をしているのだろうと思う。

いつの間にか消えていた煙草を、灰皿へ投げる。


しゅっ、しゅっ。


「主…」


しゅっ。


あっ…と唇が動くより先に、指先にあった二本目の煙草が清光の指先、そして唇へ移動した。


「清光!」

「こんなの吸ってたんだ…」


咽せる清光は、どうやら一口吸ったらしい。
自分の吐き出す煙よりも、少し濃い煙が漂う。


「ほどほどに。≠ナしょ?」

「…はい」


まだ喉に違和感があるのだろう。喉を鳴らしながら咳を吐く清光は、まだ長い煙草を灰皿へ投げ、深い息を吐き出す。


「長生きしてよね。」


どくどく、


「うん。それでも連れていかれそうになったら…清光に連れて行ってもらおうかな。」

「…そうね。主が望むなら、俺が連れてってあげる」


どくどく。


「…審神者、だよ。よろしくね」

「…へ?」


紅い神様へ、久し振りに喉を通った自己紹介。何だか間の抜けた声に顔を緩ませ、身体を預ける。
そして、力が籠る腰に回った腕をそっと外し、互いの小指を絡ませた。


どくどく、どくどく。

ゆびきりげんまん、神様との約束。



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