11. 飛び込む




いつもの様に約束の時間を迎えた私は、少し開いた襖から階段が鳴く声を待った。耳を澄まし、じーっと待つ。


ギィ、ギィ、と鳴き声が響く。


しかし、いつもより苦しそうに聞こえるのは何故だろう。それに、ひとつ多い様な…

少し身を硬直させ、息を殺して伺う。


ギィ、ギィ、


暫くすると鳴き声は止み、今度は此方へ向かう静かな足音だけが響く。
しかし、やはり様子がおかしい。足を滑らせながら歩く音が、いつもより重たいのだ。


「…梨乃さん?」


重たい足跡が止んだと思ったら、聞き覚えのない声に呼ばれた。清光ではない、誰だろう。

いつもの様に少し開かれた襖を覗くと、ところどころ黒く変色した浅葱色が目に入る。
そして、視線をずらした先に、彼が居た。


「清光!」


襖が大きな音を立てるのなんて気に留めず、勢い良く開けた。
開いた襖の先に立つ彼が、清光から聞いていた大和守安定だと、すぐに解った。

清光の話す大和守安定は、青い大きな目で、だんだら模様の浅葱色を羽織っている。そして、黒い癖っ毛をひとつに結い、馬の尻尾の様に揺らすと聞いていた。

しかし、目の前に立つ大和守安定は、何処か痛むのか半分目が閉ざされていて、浅葱色の羽織も黒く変色し、黒い癖っ毛はだらんと流されていた。ひとつに結わう代わりに、切れた結い紐がぶら下がっている。

聞いていた姿とは大分異なっていたが、間違い無いだろう。
清光を抱える安定さんを部屋へ招き、布団の上に清光を下ろすように伝える。


「梨乃さん、清光を…清光を…っ」

「安定さん、落ち着いてください。今、手入れをしますから」


大丈夫、大丈夫。と、安定さんを宥めると、ありがとうと消えそうな声が溢れた。

私は手入れ道具を出し、安定さんは清光の依り代を差し出した。


「今日は清光と二人で出陣だったんだ…」

「二人で…」


私は手入れ道具を並べる手を止めず、起きた出来事を伺った。


「行き慣れた出陣先だったんだ。でも、見た事の無い敵が現れて…清光は僕を庇って…」


横目で安定さんを確認すると、大きな涙を落とし、袴の色を次々と変えていく。私の中には話を聞いて想像していた安定さんの印象しか無いが、想像通り彼は責任感が強く、優しい人だと感じる。きっと、自分を責めて責めて、苦しくてたまらないだろう。


「あまり、自分を責めないで下さい。清光は私が治しますから、ね!」

「梨乃さん…ありがとう、ありがとう。」


安定さんにハンカチを渡し、清光の依り代を受け取る。


「清光…」


正直不安だった。一昨日の比では無い程に傷付いた刀。気を失いそうになるが、ぐっと堪える。
ヒーローが居ないのなら、私がヒーローになる。私は清光のヒーローになると決めたのだ。

手入れを始めると、ぽわぽわと優しい光に包まれる。私は優しい光の中、清光を見失わぬ様に、手を動かした。


清光の苦しそうな呻き声と、安定さんの啜り泣く声が響く。





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