02. なきごえ
まだ建てられて新しいと言うのに、案内されて踏んだ階段の板は悲鳴をあげる。まるで泣いている様なその音を、なるべく耳に入れない様もう一枚。もう一枚。
「ねぇ、」
「なんだい?」
「彼女、梨乃を抱かなくても問題無いんだよね?」
「え?…ああ。それは、まあ。」
悲鳴が耳に入るのを我慢し、耳を開いて疑問をぶつけてみる。
要は、客がつけば良いのだから、嫌がる彼女を無理に水揚げする必要は無い。俺だって、欲がない訳では無いけど、無理に身体を重ねるのは嫌だ。
「話すだけでも良いって事だよね」
「…そう、なるね。確かに此方としても、政府としても、お金さえ入れば何も問題はないな」
「そう。解った」
最後の一枚を踏み付け、階段を上りきるとそこには、ずらりと襖が整列していた。
不思議な力が働き、完全防音になっているらしく、外も中も互いに音が漏れる事はない。物音一つ、響かないのだ。
中に人が居るかは、札が掛かっているか否かで判断するらしい。そして、接客中を表す札もまた、襖の数だけずらりと並んでいた。
随分と利用されて居るんだな。なんて眉間に皺を寄せていると、目的の襖の前に到着。襖は少し開いていて、外で見た彼女の脚が、ちらりと少しだけ見える。
「梨乃、いいかい?」
「…はい。どうぞ」
男が名を呼ぶと、想像とは裏腹に、凛とした彼女の声が響く。
「加州清光様、どうぞ。よろしく頼みます。」
男は頭を下げ、階段の板を鳴かせ、離れていった。
「…どうぞ、お入り下さい。加州、様?」
「清光、で良いよ。あと、堅苦しいの禁止ね」
開けられた襖を、なるべく静かに、優しく閉じた。
用意された座布団に腰を下ろし、梨乃と向き合う形になる。
「清光は、よく来るので…あっ。来るの?」
「いや、遊女屋自体、初めてだね。」
「そう、」
暫しの沈黙に、階段の悲鳴が懐かしく感じる。主も万屋の店主も男だから、人間の女と何を話せば良いのか解らない。
そんな沈黙の幕を切ったのは、梨乃だった。
「清光は、私を買ったの?」
「そーだね、そう言う事になるね。」
「そっか…」
お金は前払制で、階段の悲鳴を響かせる前に済ませた。だから、買ったのに間違いはない。しかし、
「今日は、話すだけ。」
「えっ」
「客がつけば、梨乃はまだ隠れていられるみたいよ。良かったじゃん」
何を言っているのか解らないと訴える様に目を見開いたまま固まる梨乃。これも想像とは裏腹に、だった。
先程まで哀しそうに微笑んでいた女の子は、えらく表情が変わる。それはもう、ころころ、ころころ。
「で、でも!そんな事、許されるの、かな…」
「良いんじゃ無い?それとも、早く水揚げしてしまいたかった?」
「ううん!そんな事…」
ほら、また表情がころころ変わる。ぶんぶん顔を横に振る梨乃を見て吹き出すと、今度は頬を膨らませた。
…確かに正直、俺も俺が此処までする必要は無いと思う。でも、放っておく事も、何故か嫌だった。なんでかな。
結局俺は、彼女と一緒に過ごす空間が居心地良くて、気付けば陽が落ちるまで話し込んでしまった。
帰る前にひとつ質問を投げてみよう。
「ねぇ、梨乃。さっき、窓から何をみてたの?」
「さっき?」
「うん、さっき。」
何気ない問いに、再び、酷く哀しそうに微笑む梨乃は、
「何も見てないの。」
それはまた、酷く哀しいと胸を締め付けた。
。