03. 有り得ない
此処へ来て、客を取らされず、二週間だろうか。今日も階段の泣き声が煩い。私も、心の中で一緒に泣く。
私は自分の親の顔を知らない。否、正確には覚えていない≠フだ。物心ついた時には親戚の家を渡り歩いて成長を重ねた。しかし、何処からかやってきた多額の借金を突き付けられ、私は今、遊女屋に居る。渡り歩いて迷惑を掛けた罰なのだろうか。ごめんなさい、ごめんなさい。
誰が、どの親戚が?はたまた、全然知らない人の借金を肩代わりすることになった可能性もある。だって、世の中、ずるいから。いつだってそんなの有り得ない≠ヘ、確かに存在する。
そんな私は今、そんなの有り得ない!と叫びたいくらいの状況下にある。
この世界には、どうやら知らない間に刀剣男士≠ニ呼ばれる、簡単に言えばヒーローが存在すると言う。私は借金を返済する為、その刀剣男士達の慰めものとして、この遊女屋へ売られた。
「ヒーロー、か。」
ヒーローなんて存在しない。
幼い頃テレビ越しに応援していたヒーローだって、そんなの、現実には居ないと知って居る。だから現実は、誰もが皆、悪役だ。だから、悪い奴は居なくならないし、悪い奴の巣窟だ。地獄より地獄だ、なんて有名な言葉は、ひどくぴったりだ。
そんな地獄の中での唯一の救いは、此処の楼主が優しい。と言うことだろう。
楼主は私に同情した様子で、政府だと名乗る人物に連れてこられた日から今まで、客をつけず、この部屋に私を隠してくれた。
私が生娘だと知ると、水揚げは信用できる刀剣に任せるから、と頭を優しく撫で約束してくれた。
地獄の中ではこの優しさが、その場しのぎの物だとしても、ひどく温かさを感じる。
…でも、そろそろだろう。
「梨乃、いいかい?」
「…はい。どうぞ」
楼主がやって来た。階段を泣かせ、噂のヒーローを連れて。
このヒーローが、私を…
「加州清光様、どうぞ。よろしく頼みます。」
加州清光。そう呼ばれた彼を中へ招く。
「清光、で良いよ。あと、堅苦しいの禁止ね」
彼はそう言い、優しく襖を閉めた。それは、私をなるべく怖がらせないようにするためだろうか。ゆっくり、ゆっくり。
用意しておいた座布団を敷き、案内をする。
遊女屋自体、初めてだと彼は言う。少し不安を抱えながらも、楼主の言葉を信じてお相手を。
「清光は、私を買ったの?」
「そーだね、そう言う事になるね。」
ああ、遂に私は物≠ノなったんだ。
そう、感じた。
それでも、此処へ着いた時から覚悟を決めて居た。なのに…
「今日は、話すだけ。」
「えっ」
「客がつけば、梨乃はまだ隠れていられるみたいよ。良かったじゃん」
そんなの有り得ない!また叫びたくなった。
彼は何をしに来たのだろうか。此処にはそんな優しさ、存在しないのではないだろうか。
それでも彼は、それで良いと言う。
気付けば彼につられ、私も笑っていた。
暫しの談笑。
彼は元の主≠フ話や、同じく元の主の刀である大和守安定≠フ話。万屋に売って居る爪紅がどうとか、茶屋の餡蜜がどうとか。それらをゆっくり、そして沢山聞かせてくれた。
そして最後に…
「ねぇ、梨乃。さっき、窓から何をみてたの?」
私は彼の言う先程≠ワで手を添えて居た格子を触れる。
何を見ていたの?
「何も見てないの。」
正確には、何も見えない≠セが。
格子の隙間から外を覗くけど、それは二週間覗き続けても、私の望むものは何一つ見えないのだから。
そうして私達は、また明日逢う約束をした。
。