強者への一歩
とりあえず寄るところもないので、ウチの家に戻ることにした。幾ら俺が金を使わないからと言って小学生の財布じゃラーメン2人前が痛くないわけじゃないから無駄使いは出来ないし。そう考えるのは、俺の中でほんの少しだけプロになる事を視野に入れ始めているから。もし、目指すならばお金は貯めておいた方が良いと思うからな。
「藤原さん、もう1局頼む。」
「えー、帰ってすぐにやるのかー?」
「この部屋じゃ碁以外にする事がないからな。」
なにより藤原さんとは打てるときに打たないと。もし、進藤が碁を始めたら、俺が藤原さんを奪うわけにはいかなくなる。全く打てなくなるわけじゃなくても、対局出来る回数がグンと減るだろうしな。例え進藤が碁に関心を持たなくても、中学になれば部活動に入る事だって考えられるから、どのみち今のうちに打たないと。
「はぁー、仕方ねぇな。」
碁盤に向き合うと再び藤原さんとの対局を始める。碁が楽しい。素直に、そう思えるようになれた。俺なりの仮説だけど、途中から藤原さんの声が聞こえる様になったのは後に対する気の持ち様が変わったからだと思う。
________結果は俺の中押し負け。容赦なく打ってくる藤原さんを止められない。でも、指導碁でない碁からも学ぶものは沢山あるからな。それも、この実力者と相手するならば。
『ではでは、検討始めましょう!』
「おう。」
こんなやり取りを1月の中旬から2月の終わりまで続けていた。進藤は佐為とは別に厄介な奴が増えただなんて俺本人にボヤいてたけど。まぁ、時々ラーメン奢って機嫌を取ってるんだけどね。本当は進藤のラーメン食べてる姿を定期的に見たかったりするだけなんだけど。
この一ヶ月で大きな出来事は進藤が少しは碁に興味を持ち始めたことだ。俺たちの検討も聞く様になって最近じゃ俺や藤原さんとも打つようになったんだ。もう藤原さんを独り占めは出来なくなってきた。
「なぁ、龍神!俺とも打ってよ!」
「おう、いいぞ。」
進藤は信じられないくらい飲み込みいいんだよな。あんまり打ってない筈なのに目に見えて上達してるんだ。進藤は碁の才能があるのかもしれない。驚いたのは俺と藤原さんの対局を観てただけで、一手目から全て覚えていたこと。
そんな進藤だからこそ藤原さんは彼に取り付くことになったのかもしれない。偶然じゃなくて必然的なもので…いわば運命とでも言うべきか。
「あぁー!投了だぁー!!」
「はは、流石は俺だろ。」
初心者にしては凄い。本当は褒めてもよかったけど進藤に褒めるのはちょっと抵抗があってな…。ま、それは藤原さんの役目だし。
「お前少しは手加減しろよな!」
「最近は藤原さんに負けっぱなしだったから憂さ晴らしに…な?」
「俺を憂さ晴らしの道具にするんじゃねー!」
だろうな、俺も加減するべきだった。でも俺と打って意味があるのは、もう少し実力がついてからの方が良いと思う。今はひたすら藤原さんと打つのが良いだろう。
その藤原さんと打ち続けた俺も昔の勘を取り戻して、むしろ今が今まで最も強いと思う。恐らくだが今の俺はアマ7段なら間違いなく取得できるレベルだろう。それにプロ目指すなら、そろそろ院生になるかも考えなくちゃいけない。確か次の院生試験は4月だった筈。院生試験に受かるには、目安としてアマ5〜6段くらいの実力が必要。今の俺じゃ流石に余裕だろう。そもそも、目指す先は院生試験合格じゃなくてプロだからな。
「でも、進藤が碁に興味持つなんて、ちょっと見直したよ。」
「なんか褒められた気がしないんだけど。」
あれ不貞腐れてる。ちょっと今の対局はやりすぎたかな…?進藤との対局中、藤原さんの姿が見えないけど良くない目で見られてる気がしたしな。
「まぁ、そう気を悪くするなよ。進藤はセンスあるから藤原さんに鍛えて貰えはプロに夢じゃないぞ?」
進藤の成長速度がわからないけど、毎日藤原さんと打てば一年ありゃ院生試験にだって受けられるレベルになると思うし。受かるとは言わないけど。でも、どうせプロを目指すなら…いや将来タイトルを目指すならば一人くらい仲間が欲しいしな。まぁ、冗談半分だけどね。
「さて、藤原さん!一局頼みます!」
『えぇ、打ちましょう!』
________結果は俺が進藤にやったことが、そのまま返ってきた。うーん、見事だなとしか言いようがない。いつも通り検討を始める。やっぱり、そこはハネるのは不味かったか。
「お前、最初とあった頃と比べて、楽しそうな顔付きになったよな。」
「…俺がか?」
『確かに、私と始めて打った時と比べて碁の打ち筋も生き生きしてますよ!』
そりゃ、アンタのおかげだよ。と言いたいけど恥ずかしいな。碁だけじゃなく、顔付きまで変わってたのは自覚してなかった。
「打ってて楽しいからな。進藤だって、そうだろ?少し碁がわかってきて藤原さんの打つ手の奥深さに気づいたりしたら楽しくなるだろ?」
「いや、龍神もそう言うこと考えるんだなーって。お前、俺と話す前って常に表情が硬くて近寄りがたかったし。何考えてるかわからなかったし。」
嘘…そんなにか?いや、進藤のことだから大袈裟に言ってるに違いない。他の友達にも聞いてみるか。
この二日後、学校でレオンが友達に自分の印象を聞けば、近寄り難いと言われたのは言うまでもなかった。
「あ、そだ。進藤も碁に興味を持ったなら、コレあげるよ。」
部屋の隅にある収納ケースから折りたたみ式の碁盤とセットの碁石を取り出した。こんなのでも確か3000円くらいした気がする。俺ら小学生からしてみらゃ大金だから、碁に興味持った進藤に渡すことにした。
『そ、それは碁盤ですか!?』
「あぁ、二つ折りってやつだな。ずっと使ってなかったから進藤にやるよ。」
「え、別に俺、家に帰ってまで打ちたいなんて思わねーよ。」
『ダメですヒカル!折角、下さると言ってるのですから受け取りましょう!!』
まぁ、こうなるだろうな。でも、進藤は間違いなく才能があるから早いうちから育てた方が言い。碁会所で手伝いをしてた俺が言うんだから才能があることには間違い。その才能がどれ程のものかは今は判断つかないが。
「まぁ、使わなくてもいいから受け取ってくれよ。」
「じゃあ、折角だし貰うよ。」
渋々、折りたたみ式の碁盤を進藤は受け取る。貰うこと自体には嫌ではないけど、今後の藤原さんの様子を予想して受け取るのに躊躇ったんだろうな。そりゃ毎日『打ちましょう!打ちましょうよヒカル!』と言うのは目に見えてるし。だからこそ、かな…?
『やったぁー!これでヒカルとも毎日打てますね!』
予想的中だ!進藤の顔を見れば今にも溜め息を吐きそな表情をしていた。俺は、そんな進藤が羨ましいんだからな。さて、俺は院生試験に向けて準備しなくちゃ。
多分、両親は反対しないと思うし。例えプロに届かなくてもウチの碁会所を継げばいい話で、プロなればウチの碁会所の宣伝も出来るわけだし、反対する理由があまりないからな。
それに、相応の実力も継げばウチの碁会所で囲碁教室なんてことも出来るかもしれない。
「よし!藤原さん、もう一局お願いします!」
この後も、時間ギリギリまで藤原さんと対局をし続けた。
戻る
ページ:
unleash the mind