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「はぁ……」
女子高生とは思えないほどの深い深いため息をついて、なまえが脱衣所のドアにもたれかかる。イザナの爆弾発言はどうやら冗談なんかではなかったらしく、一人気まずさに耐えかねて、とりあえずお風呂に入ると言ってその場から逃げた。しかし、今思えば、あの流れでお風呂に入るというのは、逆にそういう風に捉えられても擁護できないのではないか、と今更ながら自分の浅はかさに羞恥で気が狂いそうになる。そうはいっても、今更やっぱりお風呂やめます、とかいうのは恥ずかしすぎる。なまえはとりあえず、本当にシャワーを浴びてから考えようと、浴室のドアを開けた。

「うわ、最悪じゃん……」
浴室から出て、バッグの中から着替えを取り出したなまえが思わずそう呟く。勢いで家から飛び出してきたせいで、とりあえずバッグに突っ込んだルームウェアは着古したくたくたのやつで。これを着て人様の前に出るのはちょっと勇気がいるレベルの代物だった。あー、なんで買ったばかりのお泊まり会用の可愛いやつを持って来なかったの、バカバカバカバカ、となまえは過去の自分の行動を死ぬほど後悔しながら、頭を抱えた。それから、しばらく考えた後、ランドリーラックに置いてあったイザナのものと思われるTシャツを勝手に拝借する事にした。袖を通した瞬間、洗剤の匂いと混じってほのかにイザナのフレグランスの香りがして、なぜかそれだけでドキドキしてしまう。イザナのTシャツは黒いコットン地のメンズのオーバーサイズのものだった為、なまえが着るとワンピースみたいになった。しかし、さすがにこれ一枚で出ていくのはあざとすぎるし、それこそあまりにやる気満々だと思われてしまう。そう思って下だけはよれよれの短パンを穿いて、なまえは意を決して脱衣所のドアを開けた。

なまえが廊下に出ると既にリビングの電気は消えており、その代わり、浴室の向かい側の部屋の半開きのドアの隙間から、間接照明の暖色の光が漏れていた。
「イザナ……?」
ドアに形ばかりのノックをして、そうっと部屋の中を覗きこむ。家具ひとつない殺風景な部屋の真ん中には大きなベッドが鎮座していて、その端っこにイザナがすでに寝転がっていた。
「そっち半分、お前の陣地な」
部屋に入ってきたなまえを見ると、気だるそうに寝転がったまま、イザナが左手で空いたベッドをぽんぽん叩く。
「……一応、聞くけど、私ここに寝るんだよね……?」
イザナのベッドを指さしながら、なまえが遠慮がちに尋ねた。
「は?他に場所ねぇだろ」
「それは、そうだけど……」
「なにお前まさか緊張してんの?」
寝転がっていたイザナが突如身体を起こし、なまえの顔を実に楽しげに覗きこむ。イザナの無駄に整った顔が急に近づいて、なまえの胸が勝手に高鳴る。
「し、して、ないッ……!」
「心配しなくても、襲ったりしねーよ。そもそもオレ、女にキョーミねぇし」
図星を指されて慌てふためくなまえを後目に、イザナはまた元の場所に寝転ぶと、呆れたようにため息をついた。
「女にキョーミ、ない……」
「オイオイ、勘違いすんな。だからって男が好きってわけじゃねぇよ。単に女がすげー嫌いなだけ」
思わず、すん、とした顔で呟いてしまったなまえに半分呆れたようにイザナが言う。“嫌い”に半端ない憎悪がこもっているような気がして、なまえは思わずゴクリ、と生唾を飲み込んだ。
「あのさ、私も一応女なんだけどな……?」
「テメェはガキだっつーの」
「もう、さっきからガキ、ガキってバカにしすぎ!」
なんとなく微妙な空気をかき消すように、少し冗談ぽく笑うなまえを、あまりに容赦なくイザナが一刀両断にする。イザナの理不尽な物言いに不機嫌そうな顔をするなまえに、イザナは悪びれた素振りもなく、少し可笑しそうにベーッと舌を出した。


「ねぇ、イザナって何歳なの?」
結局、広いベッドの端っこと端っこに、お互いに背を向けて寝る事にした。間接照明さえ消えた真っ暗な部屋で、なまえが後ろを振り返らず、イザナに尋ねる。
「18」
「なんだ。私と2個しか変わんないんじゃん」
素っ気ないけれど、ちゃんと返事が戻ってきたのが訳もなく嬉しい。そして、思っていた通り、自分とほとんど変わりない歳の差に、なまえが少し得意げに笑う。
「2個下なら充分ガキだろ」
「もう、また……でも、今日は助けてくれてありがとう」
負けじと振り向かずに言い返すイザナに伝わるように、なまえが些か大きく呟いた。
「別に助けたつもりねーよ」
「イザナがいなかったら……もしかしたら、私死んじゃってたかもね」
あくまで素直に認めないイザナに、わざと冗談めかしたように言って、なまえが小さく笑った。
「はッ、大げさ」
「でも、暴力はだめ、だよ……そんなことしたら、イザナが悪い人になっちゃうもん……そんなの私やだ、な……」
イザナとたわいもない話を続けているうちに、安心したのか、急激に睡魔が襲ってくる。途中何度か途切れ途切れになりながらも、なまえはイザナにそう伝えると、そのまま意識を手放した。
「……なまえ?」
長すぎる沈黙に、イザナが思わず後ろを振り返る。ギシ、とベッドを軋ませてゆっくり身体を起こすと、イザナはそうっとなまえの顔を覗き込んだ。
「はッ、言いたいことだけ言って寝たのかよ、クソガキが……」
呑気な顔ですぅすぅと眠りにつくなまえに毒気を抜かれたのか、イザナが呆れたように笑う。
「バカだな。オレより悪い奴なんて、世の中そーそーいやしねぇよ……」
まるで子供のように、安らかな寝息を立てるなまえの背中にイザナが吐き捨てるように呟いた。





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