ナホヤが塗装の禿げた重い鉄の扉をぎい、と開く。下の簡易的なチェーンだけで、実際は施錠もされていない事に密かに驚きながら、なまえはナホヤの後に続いて、初めての屋上に足を踏み入れた。
「わぁ……!」
屋上は、思ったより広く、四方を囲む手すりの向こうに空と街が見渡す限り広がっていて、なまえは思わず子供みたいに歓声を上げた。
「いい眺めだろォ?」
「……!」
隣で少し得意気に、ナホヤが笑う。その顔はいつもと同じ表情だったが、なまえには何故か違う表情に見えて、思わず目を見開いた。
「兄ちゃん」
どこかで聞き覚えのある声がして、不意にそちらを振り向くと、給水塔の下の建物の日陰に河田ナホヤが座っているのが見えた。咄嗟に自分の隣を確認すると、当然そこにも河田ナホヤがいる。少し混乱しながら、隣と向こうを何度も見比べるが、やはり両方とも河田ナホヤにしか見えない。
「はは、混乱してんなぁ」
目の前の状況が理解出来ずに、軽くパニックになるなまえを見ながら、心底面白そうにナホヤが笑う。
「あっちは、河田ソウヤ。俺の双子の弟な」
「双子……?!」
ナホヤにそう言われて、もう一度2人を見比べて見ると、そう言われれば確かに髪の色が全然違っている。ナホヤがピンクブラウンのフワフワに対して、ソウヤは鮮やかなスカイブルーのフワフワ。なんだか某双子の妖精キャラみたいで可愛い……なんて一瞬でも思ってしまった事が自分でも信じられなくて、なまえは思わず身震いした。
「ねぇ、あんたがナホヤの彼女?」
髪色以外はナホヤと瓜二つなソウヤが、そう言ってなまえの顔を見た、否、睨みつけた、と言った方が正しいくらいに、ソウヤは物凄く人の悪そうな顔でなまえを見ている。ナホヤも怒ったらこんな顔なるのだろうか、なんて頓珍漢な事を考えながら、なまえは思わず無言で何度も頷く。
「おーい、ソウヤあんま睨むなよ。なまえがビビってんじゃん」
「睨んでないし。元々こーいう顔なんだからしょうがないじゃん」
「まーな。だから、なまえそんなビビんなよォ。むしろ、ソウヤはすげぇ優しいからさ」
俺と違ってなァ、と、こともなげに言いながらナホヤがソウヤの向かい側に、どかっと座った。
「あ、ちょっと待って」
それを見て、ナホヤに続こうとしたなまえをソウヤが呼び止める。ナホヤの言う通り、怒っている訳ではないのだろうが、やはりソウヤの表情は険しいままで。頭でわかってはいてもやはり身構えてしまい、なまえは思わず、びくっと肩を揺らした。
「日差し強いから、こっち座った方がいいよ」
「あ……ありがとう」
ソウヤは立ち上がってナホヤの隣へ移動すると、自分が座っていた日陰の場所に座るようなまえに促す。思ってもみなかった言葉に、一瞬呆けた後、なまえは慌ててお礼を言う。ナホヤの言う通り、顔の険しさとは裏腹に優しいソウヤの言動に、狼の群れに放り込まれた羊のような心境だったなまえの緊張が少しだけ緩む。
結局、この日3人で食べたランチの時間はすごく楽しかった。とにかくひたすら怖いと思っていた河田ナホヤは思っていたよりずっと普通だったし、常に怒った顔のソウヤは話してみれば、とても穏やかで優しい。話してる内容もごく普通で、時折こーそー、だとかドンでバッコンだとか、よくわからない不穏な言葉が出てきたりするものの、むしろ仲の良い2人の会話は聞いてるだけでとても楽しくて、なまえはランチの間中、ずっと笑っていた。それこそ、2人が不良だということなどもうすっかり忘れるほどに。そんな楽しい時間の中、密かになまえが気にしていたもの。それは、河田ナホヤのフワフワの髪だった。昔おばあちゃんちで飼ってたトイプードルのココアみたい、となまえは思う。実は昨日ナホヤに告白したときから、ずっと気になっていたのだが、今あらためて間近で見ると、やばい。髪色と言いボリュームと言い、ココアに瓜二つ。まるで目の前に愛犬がいるような錯覚とそれに対するほんの少しのノスタルジーを感じながら、なまえはナホヤの髪の毛をじっと見つめた。
「なまえは兄ちゃんのどこが好きなの?」
「……!?」
ナホヤの髪のことばかり考えていたなまえがソウヤの放った一言でハッと我に返る。と同時に、びっくりして思わず、持っていた水筒を落としそうになった。
「どこって、えっ……え、えっと……」
突然とんでもない質問をぶつけられて、なまえが言葉に詰まる。どこが好きかと聞かれても、そもそも好きだから告ったんじゃないわけで。強いていえば、髪の毛かな……なんてそんなことは口が裂けても言えやしない。
「ソウヤお前バッカだなァ、そんなの顔に決まってんじゃん。な、なまえ?」
「えっ……?」
そう言って、いつもの調子でナホヤがケラケラ笑う。あまりにテンパってやばい顔になっていたなまえを見て、単に助け舟を出してくれたのか、それとも本気なのかは、ナホヤの笑顔からは読み取ることができない。
「まぁ、さすがにそれはないと思うけど……確かにいきなり言われても困るよね。なまえ、ごめん」
「って、ソウヤ、それ同じ顔したアニキに対して失礼じゃね?」
「兄ちゃん、もうやめなよ。なまえ余計困ってるよ?」
「あん?困ってねーし!なァ、なまえ?」
「なまえ、困ってるよね??」
「え、うッ……ご、ごめんなさい……」
突如目の前で始まった兄弟喧嘩に、なまえはただただ小さくなって謝るしかなかった。そのとき、そのままフェードアウトしてしまいたいなまえを助けるみたいに、昼休み終了のチャイムが鳴った。
「や、やばい。私、もう行かなきゃ……」
「あー、なまえちょっと待ったァ」
そう言ってそそくさと立ち上がったなまえの背中に、ナホヤが何か思いついたように呼び止める。
「お前さ、今日なんか予定あり?」
「えっと……特に、ないですけど……?」
「なら、決まりィ。学校終わったら遊び行こーぜ?」
「……!」
全く予想だにしていなかったナホヤの言葉に、なまえはただ黙って首を縦に振るしかなかった。
03 twin devil
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