*モブ不良、喧嘩描写あり

階段を一気に駆け下りて、廊下を物凄い勢いで走り抜け、慌てて教室に飛び込んで、自分の席に滑り込む。席に座って予鈴の音を聞きながら、やかましい胸の音をなんとか落ち着けようとするが、なかなか収まらない。
(もしかして、これってデートってやつでは……?)
単に走ったから、だけでは説明のつかない胸の高鳴りに手を当てながら、深い呼吸を繰り返すが、そう思っただけで、また勝手に胸の鼓動が早くなってしまうからタチが悪い。
(まって、でも、学校帰りだし……多分ソウヤ先輩も一緒ってことだよね?)
そう思ったら、さっきまでうるさいくらい鳴っていた心臓の音が少しづつトーンダウンしていく。それと同時に浮き立つように膨らんでいた気持ちも明らかにしぼんでいくのがわかった。なぜ、こんなにがっかりしているのか自分でもよくわからない。と同時に、二人きりじゃない、ということに謎の安堵も感じながら、なまえはそそくさと、授業の準備を始めた。

「なまえ」
放課後、待ち合わせ場所の昇降口に現れたのは、ナホヤ1人だった。
「あれ、ソウヤ先輩は?」
「ソウヤ?来ねぇけど、なんで?」
「え、なんか、てっきり3人で遊ぶのかと……」
「あのな、遊ぶっつったら、ふつーにデートに決まってんだろォ、バカ」
「……!」
ナホヤの口から出たデート、という言葉だけで、照れ臭さで顔がかぁっと熱くなる。それはどうやらナホヤも同じらしく、表情こそいつもと変わらないものの、なんとなく居心地が悪そうに見えた。
「ま、いいや。とにかく、行こうぜ」
気まずい沈黙を終わらせるように、ナホヤが校門の方へ向かって歩き出した。なまえも慌てて、ナホヤの後を追った。
「先輩、今からどこに行くんですか?」
ナホヤの隣に並んだなまえが尋ねる。
「先輩じゃなくて、ナホヤでいーって」
「えっ、いきなり呼びタメはちょっと……」
「じゃ、ナホヤ君。ほら、呼んでみ?」
「な、ナホヤ君……」
ナホヤに些か強引に促され、たどたどしく、初めて名前を読んでみる。言葉にすると、じわじわと恥ずかしさが込み上げて来て、居てもたってもいられず、なまえは下を向いた。
「やべぇ、予想以上にくるもんがあるワ。な、もっかい呼んで?」
「ちょ、そんな何回も恥ずかしすぎるよ!」
そんななまえの事などお構い無しに、すっかり上機嫌になったナホヤがグイグイ来るので、なまえは更に真っ赤になってテンパってしまう。よくよく考えれば、なまえはナホヤの事を本当に好きなわけでもないし、恥ずかしがる必要はない。むしろ、リカの思惑的にはナホヤをその気にさせる方がいいわけで、ここにリカがいれば、もっと甘ったるい声でナホヤの名前を呼んで、腕を組むくらいしろ、とか言ったに違いない。そんな自分の姿をうっかり想像してしまい、なまえはさらなる羞恥でいたたまれなくなった。
それから、ナホヤの買い物に付き添って、ナホヤ行きつけの古着屋やら小さなセレクトショップを巡った。店員さんとナホヤは顔見知りらしく、行く店行く店で必ず、物珍しそうに、ナホヤの彼女?という質問をされ、なまえはその度に心臓がドキドキしてしまう。最初のうちは、あ、えッ、と言葉に詰まって、みっともない対応しかできなかったが、最後の方は愛想笑いを浮かべておけばそれで色々事足りる事がわかり、終始笑顔でいることにした。一方、ナホヤはそんな様子を横目で見つつ、マイペースに商品を物色している。とある店員さんの話によれば、ナホヤは普段ソウヤと一緒に店に来ることがほとんどで、ソウヤ以外、それも女の子を連れてきたのは今まで記憶にない、との事だった。それだけで、浮き足立つような何とも言えないフワフワとした気持ちになって、なまえは照れ隠しに、自分も商品を物色し始めた。
「あ、かわいい」
気を紛らわす為に商品を見ていたなまえが、思わずそう呟いたのを、店員さんは聞き逃さなかった。
「それ、可愛いよね。良かったら、着てみる?」
顔中ピアスだらけだけど、話すととても感じのいい店員のおにーさんにさわやかな笑顔で試着を勧められ、なまえは思わず頷いてしまった。
「おー、いいね。すごく似合ってる」
着替え終えて、恐る恐る試着室のカーテンを開けたなまえに、店員さんが満足そうに笑う。なまえが試着したのはブルーベースのストライプ柄のシャツワンピースだった。サイズ感がオーバーサイズ気味なので、ややメンズライクでカジュアルな感じがなまえの雰囲気にとても似合っていた。
「これ、前開けて羽織にも使えるよ。あ、ちょっと後ろいい?」
店員さんのアドバイスに黙って頷きながら、なまえは言われるがまま、くるりと背中を向けた。
「ほら、こうすると抜け感が出て、決まるでしょ。おーい、ナホヤ、ちょっと!」
店員さんは指で軽く襟首を摘むと、少しだけ引っ張った。襟を抜く事でこなれた感じになって、自分がなんだか急にお洒落になったような気がしてワクワクする。そんななまえの前で店員さんがナホヤを呼んだので、なまえは慌てふためいた。
「やべ……すげぇ可愛い」
店員さんに呼ばれてきたナホヤがなまえの姿をみるやいなや、そう呟いた。
「か、かわ……ッ?!」
リカと違い、可愛いなんて言われ慣れていないなまえは、ナホヤに面と向かってそう言われ、心臓がドキドキを通り越して、オーバーヒートしそうになる。
「次のデート、それ着てどっかいこーぜ」
決まりな、とナホヤが笑う。その笑顔が一際眩しく見えて、なまえは一瞬目を見開く。と同時に、ナホヤはいつも同じ顔に見えるけど、よく見ればちゃんと感情の変化があるんだ、と当たり前だけど、すごく特別な事に気づけたことが嬉しくて思わず顔がにやけてしまう。
「あ、オレが払うワ」
レジでお会計をしようと待っていると、背後からナホヤが近づいてきて、財布をズボンのポケットから取り出す。
「や、いい!自分で出すし!」
「なんで?オレがいいって言ったんだから、オレが払うって」
「ありがとう。でも、すごく気に入ったから自分で買いたいの」
そう言って、まだ支払おうとするナホヤを、なまえが真っ直ぐな瞳で見た。
「……かなわねぇなァ」
意志のこもった瞳の強さに魅せられるように黙ってなまえを見つめていたナホヤが、少し困ったような表情で笑う。
「え?」
「いや、なんでもねー」
ナホヤの言葉が良く聞き取れず、首をかしげるなまえの頭をポンポンと撫で、ナホヤがレジに背を向けて歩き出した。


ワンピースの入ったショッパーを大事そうに抱えて、ご機嫌な様子でなまえがナホヤと並んで歩く。
「……!」
駅まであと少し、という細い路地で、突然誰かがなまえとナホヤの前に立ち塞がった。
「河田ナホヤ、ちょっと顔貸せやァ……」
明らかに柄の悪い、ナホヤより少なくとも20センチは大きい男がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべてナホヤに詰め寄る。
「はぁ……てめ、空気読めよなァ。女連れてるときに喧嘩ふっかけてきやがって……クソが」
ナホヤが心底うんざりした様子でため息をつく。そのまま、隣にいたなまえの腕を引くと、自分の背中に匿うように引き寄せた。突如漂う不穏な空気に、なまえが小さく息を飲んだ。
「ちょっとここで待っとけ。すぐ終わらしてくっから」
ナホヤが相変わらずの笑顔で言い置いて、なまえに背を向けて大柄の男とともに、さらに路地の奥に消えていった。なまえは突然の事に動揺したまま、ナホヤの背中を黙って見送った。
「……!?」
ほどなくして、路地の奥から大きな音と罵声が聞こえてきて、なまえは思わず肩をびくんと震わせた。あまりの恐怖でその場に立ち尽くしていたが、騒音も罵声も止むどころかさらに大きくなっていく。もしかしたら、ナホヤが大変な事になっていたらどうしよう、一抹の不安がなまえの胸を過ぎり、なまえは震える足を叱咤して路地の奥へと恐る恐る近づいていった。
「死ね、コラァ……!!」
路地の奥で一際大きな罵声が聞こえてきて、なまえが思わず立ち止まる。罵声と共に、人が人をぼこぼこに殴る音が路地裏に響く。生々しい音に思わずなまえは耳を塞ぎたくなるが、それでも一歩づつ何とか歩みを進めていく。しばらくして、全ての音が一気に消えた。それと同時に、路地裏からナホヤが何事も無かったかのように出てくる。
「なまえ、こっち来んな。あぶねーだろォ」
「……ッ、!」
ナホヤがあまりにあっけらかん、として笑って近づいてくるので、さっきまでの不安と緊張が一気に緩んで、涙が勝手に後から後から零れ落ちる。自分でも何が何だか訳が分からないまま、なまえはただただ、まるで小さな子供みたいに泣き続けるしかなかった。
「悪ィ、なまえいきなり怖かったよな。ごめんな」
ナホヤは急に泣き出したなまえに最初面食らっていたが、すぐに優しい兄の顔になって、泣きじゃくるなまえの頭を自分の胸にそっと引き寄せ、そのまま、ポンポン、と優しく撫でた。
「次からは気ィつけるワ。マジでごめん。だから、もう泣くな」
耳元でこの上なく優しくナホヤが囁く。頭を撫でるナホヤの手の温かさが、却ってなまえの涙を止めどなくしていることなど、つゆしらず、なまえは肩を震わせて、ナホヤのシャツの胸元をきゅ、と握りしめた。





04 デートのち涙


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