「私の家を壊さないでっ!!」
車を降りた瞬間に飛び込んできた悲痛な叫び声に、三蔵は顔を顰めた。
―――家を壊す?
激しい雨音に消えかけてはいるが、誰かが言い争っている声と、確かに聞こえる―――工事特有の音。
「私の家なの!壊さないで!!」
「はぁ?」
「私は海瀬!海瀬光織!この家は私たちが住んでるの!!」
海瀬?と手元の書類を確認した作業員の表情が、僅かに変わる。
ずぶ濡れで現れた、この鬼気迫る様子の少女がこの物件の持ち主一家だと理解したのであろう。
「だが、もうここまで壊しちまったし―――」
「大体俺たちは正式な依頼を受けてやってんだ!娘だか何だか知らねぇが、仕事の邪魔すんじゃねぇ!」
「誰の依頼を受けた」
その低い声は、雨音の中でも掻き消されることなく光織の耳に届いた。
振り向けば、暗い雨の中でも眩しいばかりの金糸が。
「あ……」
火の消えてしまった煙草を吐き捨ててこちらへ歩いてくる三蔵の姿を認めた瞬間、光織は頭に上がっていた血が下りていくのを感じた。
同時に、身を竦める。
『さっさと決めろこの馬鹿娘!!!』
またハリセンで叩かれると思ったが故の反射行動ではあったが、
三蔵はそんな光織を見ても何も言わず―――それどころか光織の頭にそっと手を置いた。
「誰の依頼を受けた」
再度同じ質問を繰り返す三蔵に、作業員たちは不審も露わに値踏みするような目つきで眺める。
「あんたは誰だ」
「見りゃあ分かんだろうが。この馬鹿娘の保護者だ」
そう、事も無げに言ってのけた。
“保護者”
その響きに光織は何故か泣きたくなり、三蔵のシャツの裾を掴む。
「俺たちはこの土地の持ち主の弟ってぇ人に頼まれた。そこの娘さんからすりゃ叔父ってとこか。
死んだ兄貴の遺書に書いてあったって、土地や家の所有証明書もきちっと持ってきたよ。もちろん名義は弟さんになってたよ。
随分焦ってたみたいでな、俺たちが来た時にはまだ掃除屋がいた」
「掃除屋……?」
「家具だろうがゴミだろうが一切合財持ってっちまう業者のことだよ」
唐突に光織は、体ががたがたと震えだすのを感じていた。
叔父さんが。叔父さんは、だって、さっきまで、お寺で。
―――死んだ二人には昔色々と世話になった。もしよければウチであんたを引き取りたいと思う。
その代わり―――
「今の時代、中古の家より土地のほうが売れるからな。理由は知らんが今日中に解体しちまってくれと頼まれたからやってるだけさ。
―――娘さんがいるなんて俺らは知らなかった」
気まずそうに作業員が視線を反らすのと、光織が静かに崩れ落ちるのは、ほぼ同時だった。
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