ゆっくりと上体を起こしてみると、やはり頭がぐらついた。
じんじんと熱を孕んで痛む足。
ああ、夢ではない。
「起きたか」
はい起きました。どのくらい寝ていましたか。
というかここはどこでしょうか。
頭の中では即座に返事ができるのに、なぜか声にはならない。
―――というか、誰。
熱があるのか情報処理の遅い脳を引きずって声のした方を向けば、壁に寄りかかっているのは三蔵だった。
今日でこのベッドに寝るのは2度目だ。きっとここは三蔵の部屋なのだろうと頭の隅で考えながら、光織はゆるく頷く。
「具合はどうだ」
「、大丈夫、です」
「そうか。なら……」
頭に手が伸びてくる。
安心しきって目を閉じていれば、ヒュン、と風を切る音がした。
「っこの馬鹿娘が!!」
「ひゃい!!」
情け容赦ないハリセンと大声で脳が揺れる。
「てめぇは具合が悪いって自覚もねぇのか!あんな雨の中靴も履かずにふらふら出歩きやがって……渋滞に巻き込まれたこっちの身にもなれ!」
「、ごめ、なさ」
雨のなか出歩いて。
ああ、やっぱり―――やっぱり夢じゃなかった。
途端に目頭がつんと熱くなる。
唇を噛んだが一瞬、遅かった。
「……なに泣いてやがる」
「泣いてません、」
「泣きてぇならちゃんと泣け。涙だけ流しやがって人形かてめぇは」
「泣いて、ま……せ……」
苦しかったのだ。
あの家は両親との唯一の繋がりだったから。
例え今は会えなくとも、あの家で待っていればいつか必ず帰ってきてくれるのだと信じたかった。
自分に任された最後の頼みの綱のようなものだった。
そしていつか帰ってきた両親に、きっと自分から謝るのだと。
たくさん話をして、そうすればわかってくれる、きっと普通の家族になれる。
あの家で、待っていれば。
「居場所が、なくなっちゃう、って」
涙の水道が壊れてしまってうまく喋れない。
横隔膜の痙攣を止めるにはどうしたらいいのだったか。
こんな風にしゃくりあげて、まるで子供みたいだと。
「だから、家が、売られるって、知って、ど、どうしよって」
「あの家だけがお前の居場所か」
「っ、え……?」
俯いていた光織の視界に、光が入る。
暗い室内に差し込んだ月光は、迷うことなく三蔵を照らしていた。
「ここじゃ満足しねぇか」
「、え―――……」
今、何と言った。
「俺がお前を引き取ってやる。
今日からここがお前の居場所だ」
月光の下で、その整った顔がまるで―――神さまみたいに見えて。
世界が止まったように感じた。
ぶわぶわと膨らんだ感情が弾けて、ああこれはなんだ、この気持ちは何だろう。
「返事は」
「あ、の」
「はいかいいえで答えろ」
「、は、い……!」
後になってもこの瞬間を忘れることはできなかった。
それはまさしく、世界が終わり、そして始まった夜だった。
end.
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