朝起きたら、目が真っ赤に腫れていて。
昨日は一日、大変な日だったな、って。
light
ふ、と意識が浮上した。
ああ今日は何曜だったっけ。嫌に今朝は眠い。昨日は何時に寝たんだっけ―――
昨日、は。
ぼんやりとした脳にかかっていた霧がたちまち晴れていく。
昨日は―――そうだ。
もそり、と起きだすと、そこは昨日寝ていた部屋のままだった。
まるで夢の続きのような。
(―――玄奘さんの部屋、だよね)
きょろきょろと見回すと、ソファーの足元に無造作に置かれたタオルケットや、テーブルに置かれた灰皿と吸い殻が目につく。
(え、もしかして私がいたから……ソファーで?)
昨夜あれだけ心配をかけて、その上ソファーで寝かせてしまっただなんて。
考えるだけで光織は罪悪感が込み上げるのを感じた。
部屋には時計が見当たらず、しかし窓から見える太陽の大体の位置から、今は昼近いことが伺える。
大分寝過ごしてしまった。
いつもは目覚まし時計などなくても大抵起きられるのに。
(もう仕事行っちゃったかな)
慌てて柔らかなベッドから下りた
瞬間。
「っ!!」
両足に体重をかけた途端走った激痛に、声にならない声を上げて前のめりに倒れこむ。
思わずフローリングについた手は殊更大きな音を立てて。
バタバタバタ、といくつかの足音がした。
「光織っ!大丈夫か!?」
ドアを蹴り破るほどの勢いで走り込んできたのは悟空・八戒・悟浄。
「お、お早ようございます……」
鼻打った、と軽く涙目になりながらも起き上がると、八戒が手を差し伸べてくれる。
「お早ようございます。大きな音がしましたけど……大丈夫ですか?」
「あ、はい。ちょっと足が痛くて……」
八戒と悟空に支えられながらソファーに座ると、テーブルを挟んで向かいにドカッと悟浄が座る。
「おはよー光織チャン。よく眠れた?」
「はい、お陰様で。
あの………どちら様でしょう、か?」
「…………………………はい?」
大きな紫玉の瞳が、向かい合う紅玉に“初めまして”と告げる。
「え?誰って……覚えてない?」
「……どこかでお会いしましたか?」
あそこまでしておいて覚えていないのかと冷や汗を浮かべる悟浄と、あくまでも真面目に受け答える光織に、悟空と八戒は笑いを堪えるので精一杯だ。
「……俺、沙悟浄っつーんだけど」
「あ、初めまして、海瀬光織といいます」
「昨日さ、雨降ってたよな」
「そう、ですね」
「夕方に煙草買いに行ったらいきなり降られてよ」
「またそれは……タイミングが悪かった、ですね」
「しかもその後マンション入ろうとしたら見知らぬオンナノコに全力でタックルされて?」
「大変でしたね、大丈夫でしたか?…………悟浄さん?」
「……いえ。何でもアリマセン」
お手上げだ、と悟浄が項垂れたと同時に悟空が破裂したように笑いだす。
「?何か」
「大丈夫、なんでもありませんよ」
「悟浄だっせぇ!!」
「うるっせぇこの貧弱猿!」
何か変なことでも言ったかと、少し狼狽える光織に八戒が優しく言い、悟浄と悟空が喧嘩染みたやりとりを始める。
「そういえば……玄奘さんは?」
色々と非礼を詫びなければ、と立ち上がろうとする光織を八戒が制した。
「今頃は“保護者”の仕事でもしているんじゃないですか?」
「…………チッ」
休日だというのに総務部のオフィスに三蔵の姿はあった。
『報告をしろ』という観世音菩薩からの電話にわざわざ休日の早朝から会社まで出向けば、全て見通していたかのような観音に大量の書類を押しつけられ。
何かと問えば『保護者の仕事だ』と嘲うかのような観音に嫌気が差し、仕方なく自分のオフィスで改めてみれば、それはどれも光織の身元引き取り証明書だの戸籍抄本だので。
朝から何度も自分の氏名・住所・生年月日を書かされた三蔵の苛々はピークに達しようとしていた。
ふと、手が止まる。
光織に関する資料なのだから光織の項目も当然、あって。
その下には小さく【本人自筆】と足されていた。
(どうしろってんだ)
短くなった煙草を吸い殻の山と化した灰皿に捨て、本日十何本か目の煙草を咥える。
仕方なく、持ち帰って光織に書かせるか、と席を立つと。
「ここが僕と三蔵の職場ですよ」
「へー。三蔵いるかな!」
「ここか……じゃなかったら社長室でしょうね」
―――聞き覚えのある声が二つ。
「あの、本当に来ても良かったのでしょうか」
―――否、三つ。
「どうせこれから光織さんの生活用品も買い出しに行きますし、ついでですよ」
「はぁ」
「なぁ、入ってもいいかな」
ガチャリ、と扉を開けた。
「あ、三蔵!」
「邪魔しちゃいましたか?」
八戒、悟空ときて、悟空の前にいる一際小さな“それ”に、三蔵は僅かに目を見開いた。
「お早よう、ございます」
光織は車椅子に座っていた。
「足の傷が思ったより酷かったので、一応病院に行ってみたら、どうやら膿んでしまったようで……車椅子をお借りしてきました」
その三蔵の視線を汲んで八戒が説明する。
「―――痛むか」
「あ、いえ、私は大丈夫です。それより昨日は――」
「貸せ、悟空」
光織の言葉を聞き終わる前に、三蔵は悟空から車椅子の把手を奪い、片手で引っ張りながらオフィスへと戻る。
必然的に光織は後向きのまま進むことになり。
悲鳴を上げるのは失礼だろうと思いつつ必死にしがみ付いていると、
「本人自筆だとよ。書け」
大量の書類をこなす羽目になった。
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