書類の中には退学届けもあり、光織は別段驚いた様子もなく名前を書き込んでいった。
が、混じっていた新たな入学届けには多少驚いたらしい。
「光織、転校するのか?」
「まぁ、今まで通っていた高校は家から遠いですしね」
「あの、玄奘さん」
離れた席で机に足を乗せて煙草を吸っていた三蔵は、怠そうに光織と目を合わせた。
「何だ」
「学校までお世話になるわけにはいきません。アルバイトでもして、少しでも生活の足しに―――」
そこまで言ったところで、綺麗な弧を描いて跳んできた紙コップが光織の頭を直撃する。
「馬鹿か。てめぇみてぇなガキに働いてもらわなきゃならねぇほど金には困ってねぇよ」
「光織」
頭を押えて悶絶する光織に八戒が囁いた。
「三蔵はああ見えて総務部長兼取締役ですから」
お言葉に甘えてください、と。
総務部長兼取締役、なんて、初めて聞いた役職に光織の時間が止まる。
つまりこの大きなビルの、このだだっ広いオフィスは三蔵の管理下ということになる。
よくわからないがとても偉い人、という認識でいいのか。
「……今度の学校は悟空と同じだ。困ったことがあったら直ぐに言え」
「マジ!?光織、俺3ーAだかんな!教室か、体育館か校庭か屋上か食堂か……その辺にいるからなっ!」
「あはは、それだけ選択肢があると悟空を探すより光織が自分でどうにかするほうが早いですねぇ」
胸が、暖かくなった。
頬の筋肉が、変な風に引っ張られて。
「―――ありがとう、ございます」
出来る限りの想いを詰め込んでそう、言った。
「――――あれ?」
「え?」
「おやおや」
「な、何?」
「……………フン」
驚いている悟空、
微笑む八戒、
顔を背けて、でも口元が笑ったように歪んでいる三蔵。
「笑った!今、光織笑った!!」
嬉しそうな悟空のその言葉に、慌てて光織は口元を押える。
耳まで一気に熱くなって、顔が上げられない。
「すっげー!俺初めて見た!」
「や、……恥ずかしっ…」
「光織、顔が真っ赤ですよ」
「あれ?八戒って光織のことさん付けじゃなかったっけ」
「そうでした?」
「じゃあ俺も光織って呼ぼ。光織!」
「悟空は最初から呼び捨てだったでしょう」
「光織、で大丈夫ですよ」
「あ、じゃあ俺も悟空な!」
「僕も八戒で構いませんよ」
「駄弁ってる暇があったらとっとと終らせろ!」
「お前が海瀬んとこの一人娘か」
「はい。海瀬光織といいます」
「ほォ、随分しっかりしてんな」
「恐れ入ります」
―――社長室。
なんとか出来上がった書類を三蔵が社長室まで提出しようとし、それに光織がどうしても社長に会いたいと彼女にしては珍しく必死そうな形相で言い、ならばついでだという事で八戒と悟空も付き添い、今この場にいる。
「生前は―――父と母が、お世話になりました」
「あの二人は優秀だった。俺が世話することなんざ無いくらいにな」
「私のことも、気に掛けてくださって」
「律儀なヤツだな」
ククク、と咽喉の奥で笑う観世音菩薩に、光織も丁寧にお辞儀する。
車椅子の上では、それはあまり格好はつかなかったけれど。
「服や家具なんかはどうする?これからか」
「えぇ、これから買い物に行く予定で」
「おい二郎神」
「準備、整ってございます」
八戒の言葉を待たずに二郎神に指示を出す。
「第三会議室に家具や服なんかのカタログを数冊用意してある。新しい高校の用品も揃うだろ」
「え、あ……ありがとうございます!」
「車椅子じゃ買い物も不便だろうからな。八戒とそこの小猿も付き添ってやれ」
「はぁ……」
「あっ!また小猿っつったな!」
「――――随分気に入ったみたいだな」
「あー?」
さして興味無さ気にパラパラと書類を見ていた観音が顔を上げる。
「光織のことか?―――その台詞はそのまんまお前に返すぜ」
「どういう意味だ」
「この俺様にかかれば何でもお見通しってな」
そういえば。
観音は光織が車椅子に乗っている事に対して、何も言わなかった。
それどころか、予め予期していたかの如く準備された服等のカタログ類。
結局昨日は光織の今後をどうするかの報告もしていないのに、既に書類までもが用意され。
こうなることは最初から分かっていましたよとでも言いたげなそれらに、まるで観音の思惑通りになっているではないかと気づく。
「てめぇ…」
ヒクリとこめかみを引きつらせる三蔵に、どこまでも観音は冷静に嘲う。
「ま、これでお前も光織の立派な保護者だ。―――間違っても過ちは犯すなよ?」
「あ?どういう―――」
「しっかり守ってやれよ、ってことだ」
に、と何時ものように不適に笑う観音に三蔵は溜め息を吐き、その瞳が一瞬―――ほんの一瞬だけ暗く陰ったのを、見ることはなかった。
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