「ここがお前の部屋だ」


マンションに帰って、通されたのは大きな窓のある広い部屋だった。
真っ白な壁に傷一つ無いフローリング、ベランダ。

隣の部屋は悟空の部屋。
反対隣は三蔵の部屋で。

何度も何度もお礼を告げる光織に、三蔵は窓を開ける。
差し込む夕陽にきらきらと金の粉が舞った。


「この部屋は元々空き部屋だからな、ろくに掃除もしてねぇが……家事は得意なんだろ?」


早くても荷物が届くのに三日はかかる。

それまでには足の傷も癒えて掃除機をかけるくらいは出来るだろう。

夕陽を背に話し掛ける三蔵が眩しくて、光織は胸が一杯になった。


「はい。掃除も洗濯も料理も頑張ります」
「無理をして倒れられてもかなわんからな」
「大丈夫です、体力と家事には自信がありますから」


上手く出来たかは分からなかったが、さっき、あのオフィスでやったように頬の筋肉を動かした。


笑う、ように。


「お前―――」


三蔵が近づいてきて、光織の前で足を止める。


「?」


さらり、と目にかかる前髪を掬いあげられる。


「その、目―――…」
「さんぞぉぉぉおぉおぉぉぉぉっっ!!!」


バタン!ガシャン!!とけたたましい音を立てて、八戒達の部屋へ行っていた悟空が家へと突入してきた。

光織の部屋だと気付かないのか、片っ端から個室を空けては三蔵、と呼ぶ声がする。


「喧しいわ馬鹿猿!!」
「あ、なんだここにいたのか」


ひょこん、とドアから顔を覗かせた悟空はびっくりしている光織ににっこりと笑いかけ、それどころじゃないと慌てて自分の保護者に目を向けた。


「なぁ三蔵!八戒が昨日行けなかった代わりに焼肉行こうって!光織も一緒にさ!」









食事から帰宅し、夜になってから気が付いた。


(私、どこで寝ればいいんだろ……)


あてがわれた部屋には未だ家具の類は一切なく、とても寝るのに適した環境とは言い難い。

取り敢えず不自由な足で入浴を済ませ、服が届くまでの代わりだ、と悟空から借りたスウェットを着、リビングへ戻ると三蔵と八戒の姿があった。
悟空はジョギングに行ったままで、悟浄は仕事に出かけたらしい。


「お風呂、大丈夫でした?」
「あ、はい。なんとか」
「じゃあ消毒しましょうか」


ソファーに移り、サイズの大きいスウェットの裾を膝までたくし上げる。

八戒の手に握られている消毒液を見て、光織は酷く憂欝な気分になった。


「し、染みますよ、ね」
「そんなにでもないと思いますよ」
「、そんなにでもないってことは、やっぱり染みるんですよね」
「恐いのか」


ガキ、と三蔵に鼻で笑われ、思わず生まれずとも良い反抗心が鎌首をもたげる。


「いきますよ」
「!っっ!!」


突き刺すような痛みに思わず無言で悶える。
声をあげたら負けな気がして、両手で顔を覆っていると、ぽんぽん、と八戒の手が優しく頭を撫でてくれた。


「はい、終わりです。大分良くなってきたみたいですから、消毒を忘れずにしていれば明後日には歩けるようになると思いますよ」


くるくると包帯を巻かれ、明日も耐えなければと思うと泣きたくなる。


「さて、そろそろ僕は戻りますね」
「あ、今日はご馳走様でした」
「いえ、こちらこそ楽しかったですよ。
お休みなさい、光織、三蔵」
「あぁ」
「お休みなさい」










「ベッドが届くまでは」



2人きりになった部屋の中で不意にそう、三蔵が呟く。


「え?」
「ベッドが届くまでは俺の部屋を使って構わん」
「え、それじゃあ、玄奘さんは―――」
「ソファーで寝る。昨日のようにな」


昨日のように、と言う部分に含みがあったが、光織にはそんなことを気にする余裕もなかった。


「私がソファーをお借りしますから、玄奘さんはベッドで寝て下さい」
「お前、寝相はいいのか?」
「えっ……えっと、多分…?」
「決定だな。さっさと寝ろ」


取りつく島もない三蔵の言葉に光織は口をつぐみ、のろのろと三蔵の部屋へ向かう。
厄介者だと思われて、いないだろうか。
引き取らなければよかった、と。

どうにも心から離れない黒い霧を飲み下して。


「……お言葉に甘えて失礼します」
「光織」


てっきりテレビを見ているのかと思った三蔵に名を呼ばれ、一瞬心臓が跳ね上がる。

名前。
初めて呼ばれたかもしれない。
お前、でも、馬鹿娘、でも、おい、でもなく、
光織、と。


「――――はい」
「明日は8時に家を出る。悟空も同じ時間だ」


それから、と


「『三蔵』だ」


後ろを向いたままの言葉に、光織は一人、じんわりと赤くなる顔を押さえた。
この気持ちは何だろう。まだ出会って2日しか経っていないし、この人のことは何も知らないというのに。
この気持ちは何だろう。泣きたくなるように、叫びたくなるような、きらきらした気持ち。
こんなのは知らない。今まで、知らなかった。


「明日の朝食、何がいいですか?……三、蔵」


変に高くなろうとする声を必死に押し止め、光織はそう、訊いた。



end.


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