「……もしかして、朝メシ……こんだけ?」

「えっ」








       eat







余りに悲壮な声で悟空が言うものだから、思わず振り返って光織は頷いた。


「えぇ、そうですけど……?」


一夜明けて、朝。
今日は普通の平日だが、光織は諸々の手続きが終わっていないため、まだ新しい学校には行けない。
朝は8時に家を出ると言われたものだから、こうして7時には起きて朝食の準備に取り掛かっていたのだが。

―――如何せん、物がない。

まだ痛む足を引きずりながら立った台所には、立派な冷蔵庫こそあるものの中身は殆ど空に近い。
調味料の類や調理器具、食器すらも揃っているか危ういこの環境で、三蔵と悟空はいったいどうやって今日まで生活していたのだろうかと考えてしまう。

とりあえずは朝食だ。
暫く使われた形跡のない炊飯器で、床下にしまわれていた米を炊いてみる。
冷蔵庫の中の卵はまだいけそうだったのでそれは卵焼きに。
ぎりぎり芽が出ていないじゃがいもはお味噌汁に。
萎れたキャベツは切ってから水にさらしてなんとか息を吹き返させ、塩で軽くもんで即席漬けに。

言われてみれば質素な朝食だけれど、このなにもない状態で一から作ったと思えば自分で自分を褒めてやりたい勢いではあったのに。


「……ごめんなさい、ちょっと寂しいですよね」
「俺、今日からやっといくらでもメシ食えると思ってすっげー楽しみにしてたんだけど……」
「いや、なんか本当すみません……」


内容が質素以前に、昨日の焼き肉で見せた悟空の胃袋のことを考えていなかった。
朝はご飯二合くらい炊かないと間に合わないのではないだろうか。
いやしかし物がないんですって本当に。

そうこうしているうちにリビングに入ってきたのは三蔵で。
スーツの上着をソファーに投げ出すと、キッチンで佇んでいる私たちを不思議そうに見る。
コーヒー、と簡潔に言われ慌てて私が用意する傍らで、並んだ朝食としょんぼりした悟空を見て何かを悟ったのだろう。
財布から紙幣を抜き出して、呆れたような溜息とともにそれを悟空に渡すのが、見えた。


あれ、なんだろうこの気持ち。
なんとなく腑に落ちないというかなんというか。
だって今まで三人分の料理なんて作ったことないし、だって、本当に物がないんですよこの家。


「光織」
「っ、はい」


思わず握りしめていた布巾を取り落す。
振り向けば差し出されていたのは金色のカード。


「八戒と買い物行って来い」









「……そうですか、朝からそれは……」


大変でしたね、と八戒が苦笑する。
それでも用意した朝食をきれいに食べてくれて、悟空は「コンビニ寄らないと!」と慌てて。三蔵は今夜は7時過ぎに帰る、ということだけを告げて、それぞれが家を出た。
それと入れ替わりのタイミングで現れた八戒に、思わずぽろぽろと言葉を零してしまい―――なら買い物に行きましょう、三蔵のカードなんですから心行くまで使っちゃいましょうと連れ出され、今に至る。

車で30分ほどの所にあるショッピングモール。その地下に存在する大型スーパー。
足がまだ痛む私のために(車椅子は今日は辞退した。人目にできるだけつきたくなくて)、ゆっくりと歩いて回りながら八戒は色々なことを教えてくれる。

三蔵と悟空に自炊スキルは備わっていないこと。
今までは基本的に外食かコンビニのお弁当、もしくは八戒が作っていたということ。
悟空は部活をやっているため、休日でもお弁当が必要な日があること。
私も通う予定のその学校には学生食堂や購買はあるものの、悟空曰く『毎日が戦争』のため、できればお弁当を作っていったほうがいいこと。


「光織は、料理は得意ですか?」
「得意、というか……やってはいましたけど」


やらざるを得なかった、というか。


「中学までは給食だったし、何人もの分を、となるとあまり作ったことがなくて」


三度三度の食事など、満腹になればいいというか。
思い返せば食材を腐らせてしまうことも多かった。


「そうでしたか……」


そう返した八戒は、何やら思案顔で。
10kgのお米をカートに積みながら、まぁでも、と続けた。


「慣れ、だと思いますよ」



- 16 -

*前次#


ページ: