「それは、また……」
三蔵と悟空がそれぞれ家を出発していって。
ひょこひょこと歩いて八戒の部屋を訪れると、今日は珍しく悟浄もいた。
「三蔵は寝起きが悪い、ということを教えておかなかった僕の失態ですね」
「いやどう考えても三蔵サマの我儘だろ」
「二日続けて失敗してしまいました……」
はぁ、と、つきたくもない溜息が漏れる。
同じ失敗ではないだけいいのかもしれないけれど失敗に違いはない。ミスだ。間違いだ。減点だ。
「まぁさ、光織ちゃんもあんま深刻に考えることねぇって」
「はい……」
そうは言っても。三蔵の言う通り、家事と体力には自信があるだなんて大見得を切ってしまったのは自分なのだ。
それが出来ないだなんて。
物心ついてからこの方、『優等生』で過ごしてきた自分にとってそれは、ある意味、屈辱だ。
「なんならあんな無愛想と子猿捨てて俺らと暮らす?」
「はは」
「うっわ、やる気ねー愛想笑い」
「いえ、あの、悟浄さんも八戒さんも優しくて」
でもだめなんです。
「やるからには一番じゃないと」
そうじゃないと、いつかまた。
いらない、と言われてしまうから。
「光織」
口数少なに何かを考えているような表情だった八戒が声をかけてきたのはその時だった。
目を閉じてください、と。
「え」
「ちょっとだけでいいですから」
「おい、八戒?」
「え、え、あの」
ね?と微笑まれては逆らえない。持っていたカップを置いて、ゆっくり目を瞑る。
途端現れた暗闇に、なんとなく心細くなって胸の前で両手をぎゅ、っと握れば。
なにか冷たいものが眉のあたりに触れたのと、しゃきん、と軽やかで鋭利な音が響いたのは同時だった。
「っ、えっ!?」
「〜〜〜っおいおい!八戒おまっ、なにやって……!」
ぱらぱらと、握った手の上に落ちる、黒。
はっと事態を理解して顔を上げれば、そこに広がるのは―――
「ああ、ほら。こっちの方がずっと可愛らしいですよ」
片側だけ妙に拓けた視界と、銀の鋏を片手に微笑む八戒だった。
「っだめですだめだめ!!」
慌てて両手で顔を覆う。
ずっとずっと前髪は伸ばしていたのだ。誰とも目を合わせたくなくて。目立ちたくなくて。
この気味の悪い目を、覗き込まれたくなくて。
ずっとしていた黒い色付きのコンタクトは家と一緒に失ってしまった。
同年代の女の子たちのようにお化粧や手入れや、そんなこと教えてくれる友達もいなかったし、だからずっとこれは私のバリアだったのに。
「光織」
パニックになっている私の手を、そっと八戒の手がおろす。
「僕の目、気持ち悪いですか?」
そう問いかける眼差しは穏やかな翠色。
吸い込まれそうな、深い深い静かな色。
「そんな、こと、ないです」
「じゃーさ光織ちゃん、俺のは?」
隣から覗き込んできた悟浄の目は紅。
柘榴のような、燃える石炭のように時折艶やかに煌めく色。
「きれいです、」
「悟空は金色でしたよね」
「飴みてぇな色だよなァ。べっこう飴」
「悟空さんの目も、きれいだと思います」
「それじゃ、」
「三蔵は?」
紫、の―――
ぶわりと、背筋に沿って電流が流れた。
三蔵の目。私と同じ紫の。
初めて見たときに、なんて綺麗な色なんだろうと思った。
ああそうか、私はあの目に惹かれたんだ。
「光織は少し、頑ななところがありますね」
はい、目を閉じて、と、八戒の手が瞼を下げる。
「別によ、メシ作りだの掃除だのなんて満点なんかねぇんだから」
「そうですよ。点数制度なら悟浄なんて永遠に赤点ですから」
―――しゃきん、
「三蔵も悟空もそんなこと望んでいないと思いますし」
「そーそー、メシなんて食うだけならコンビニだろうが牛丼だろうが溢れてるしな」
「洗濯だってクリーニングがあります」
「、じゃあ、『私の仕事』って何でしょう……」
―――しゃきん、
「そりゃもうあれだ」
「ですよねぇ」
「え」
―――しゃきんっ、
「「子供は素直で笑顔が一番」」
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