それは私が想像していた学校生活とは、大分かけ離れたものだったのだけれど。






  School






足も殆ど元通りまで良くなり、新しい生活にも慣れ始めたある夕食後、三蔵に今夜は早めに寝ておけ、と光織は言われた。

訳も分からずに理由を尋ねると、彼は呆れた表情で新聞を折りつつこう言ったのだった。


「明日から学校だろが」


学校、
そう言われて漸くあぁそうだ私は学生だったんだ、と気付くくらい、ここの所の光織の生活は主婦染みたもので。
そういえばクローゼットにもビニールに包まれたままの新しい制服が入っていた。
それに真新しい教科書も。


学校。

途端に何かが弾け飛んだかのように、一気に期待と不安が膨らむ。
ほんの一週間前まで違う家から違う高校に通っていたという事に、違和感を覚えた。

学校、学校。

暫く勉強をしていない。
一週間も勉強しないだなんて、勿論人生において初めてのことだ。
そわそわと何だか落ち着かず、光織は三蔵の忠告通り、早々に床に就くことにして。

しかし、やはりというかいくら待てども眠気は一向にやって来ず、何度も寝返りをうち、三十分に一度はクローゼットを開けて制服を確かめ、一時間に一度は喉の渇きを潤しにキッチンに立ち。

物音が煩く眠れないという三蔵のハリセンを一撃食らい、ようやく落ち着いた。
けれど逸る気持ちは抑えられず、そっとベッドの中で教科書を開く。
予習だけ、と言い聞かせて。





ぺらり、ぺらりとページをたぐる手を止めさせたのは、ピピピピ、と朝を告げて鳴るアラームの音だった。


「……え」


もう朝だ。まだ復習しか終わっていないのに!

慌ててベッドから飛び起き、ハンガーにかかった真新しいブラウスに袖を通す。
昨晩も思った事だが、新しい制服はかなり可愛らしい。
以前通っていた高校とは違う紺色のブレザーに金の釦。
臙脂色のプリーツスカートに紅いシフォンのリボン。
鏡に映った自分が、なんだかよそよそしく見える。
こんなに可愛らしい制服を私なんかが着てもいいのだろうか、という気恥ずかしさと少しの嬉しさが胸で入り混じるのを感じて、自分にもそんな少女のような感性があったのだとむず痒くなった。

ブレザーは着ずにニットベストを着、その上にいつものエプロンを被る。







「おはよー…」


まだ眠い目を擦りながら悟空がリビングへ入っていくと、ダイニングキッチンにはいつもの通りバランスを考えた朝食、ボリュームのある昼食用のお弁当が忙しそうに動く光織の手によって並べられていた。
コーヒーの匂い。

ひとつ違ったのは光織が自分の通う高校の制服を身につけていた、という点だけで。


「おはようございます、悟空」


それだけでまるで光織は別人のようだった。


「……何朝からぼけっとしてやがる」


通行の邪魔だ、と背後から三蔵に小突かれて、やっと我に返る。


「コーヒー」
「あ、はい」


自然に溶け込みつつある二人のやり取り。
それが現実のものか判断しがたくて、何度か瞬きをする。


「どうしました?」


まだ寝呆けてるんですか?とからかうように光織が微笑んで、


「さっさと顔洗ってこい」


遅刻するぞ、と三蔵のカップからは湯気が立ち上っていて。



なんとなく心が温まるのを感じた。



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