「今日こそ勝負をつけてやるかんな!」
「だぁぁっ!俺お前の相手してるバアイじゃねんだって!」
「男の癖に逃げんな!いざじんじょーにしょーぶっ!」
「…………何やってんだ」


三蔵がいつもの時刻に学校へ向かうと、普段なら校門前で待っているはずの光織の姿がなかった。
携帯に電話しても繋がることがなく、いつもと違う何かに少しだけ胸騒ぎがする。


(裏に回ってみるか……)


確か前に裏庭があると言って光織が嬉しそうにしていた。
まるで小さい公園のようで、そこで生徒たちが思い思いに過ごしているのが自由で素敵だと。
そこにいるのだろうかと革靴がやわらかな芝生を踏む。
生徒たちが思い思いに過ごしているという素敵な裏庭。そこで三蔵が見たものは、


「くらえっ!李厘スペシャルハリケーンキック!」
「うぉ!……だから、いい加減諦めろって、の!」


小動物二匹の乱闘だった。





「…………何やってんだ」
「あ、さんぞっ!」
「げ、さんぞー!」


猿二匹―――否、悟空と李厘の制服は白っぽい砂埃や土、芝生に汚れて。
顔にも軽い擦り傷や打ち身が見られた。
生徒たちが思い思いに過ごしていると言っても自由すぎやしないだろうか。このふたりはいつもこんなことをやっているのかと眩暈がする。
そしてここにも、あの黒髪が見当たらない。


「おい、光織はどうした」
「え?光織がどうかした?」


悟空も所在を知らないとあって、三蔵の中で不可解な胸騒ぎは更に広がる。
三蔵が迎えに来るとわかっていて、連絡もなしにどこかへ行くような性格ではないことなどとうに分かっていた。


「―――げ。もしかしてもうガッコ終わってんの?」


パンパンと制服を叩きながら李厘が言う。


「当たり前だろっ!俺が帰ろうとしたらお前が3階から降ってきたんだからな!!」
「……うわ…やっばー……。お兄ちゃんに怒られる!」
「兄貴?」
「オイラが何も言わずにいなくなったりするとさ、オイラのお兄ちゃん心配性だからすーぐ大騒ぎに―――……「李厘ちゃん!!」


青い顔をした女子生徒が二人、上履きのまま裏庭に飛び出してきて。


「李厘ちゃん大変!お兄さんが光織ちゃんを投げ飛ばして、何処かに連れてっちゃったの!」


―――胸騒ぎが的中した。








「……ん…」


奇妙な息苦しさを感じて光織が目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。
自分が寝かされているのは大きなソファーで、上半身を起こすと後頭部に鈍い痛みが走る。


「起きたか」


静かな声がして、目をやると窓辺の肘掛け椅子に腰かけた男と目があう。
あの、赤い髪と目の男だ。
教室で対峙した時とは大分印象が違う。
少し落ち着いたのか、声からも険が消えていた。


「あの」
「心配せずとも家まで送ってやる」
「いえ、」
「我が社の専門医10人に看せたが問題はないそうだ」
「はぁ」
「……………悪かった」
「、いえ。大丈夫です」


褐色の肌。
赤い髪。
赤い瞳。

この男が李厘の兄だというのは大体予想がついた。
部屋を見回すと光織にもわかるくらい高価な調度品に囲まれていて、しかしそれはこの男とはなんとなく、不釣り合いに感じる。


「李厘、見つかりました?」
「いや……全社員の総力を挙げて捜索中だ」
「……そういえば、我が社って」


見れば、制服の胸元が軽くはだけていて。
光織が無言で釦を填めると、慌てたように「女性社員の八百鼡に着脱をさせた」という言葉が飛んでくる。
悪い人じゃなさそうだ、と光織は認識した。


「お前も知っているだろう?吠登城だ」
「ほうとう…じょう?」
「お前は桃源郷の人間ではないのか?玄奘三蔵らと暮らしているのだろう?」
「……桃源郷」


それは両親が働き、三蔵や八戒が現在進行形で働いているあの会社。


(―――とすると、この人の言う吠登城っていうのはライバル会社か何か?)


きょとんとした表情で話の流れを追っている光織を見て、男は溜め息混じりに呟いた。


「海瀬光織。李厘からいつも話は聞いている。………妹が世話になっているな」
「いえ、私の方こそ李厘に仲良くしてもらっていて……転校してきたばかりで右も左も分からなかった私がこんなに短期間で馴染めたのも、あの子のお陰です」


そう告げると、男は僅かに表情を変えた。
驚いたような、それに。


「―――あの、」


口を開いた、その瞬間。


「ばかお兄ちゃんーっ!!!」


いきなりの怒声と共に李厘が部屋へと飛込んできた。



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