海外の大手企業を相手取り、貿易を進める“桃源郷”
国内の大手企業を傘下につけ、輸出入を操る“吠登城”
共に国内有数の大会社であり、政治・経済に及ぼすその影響力は計り知れない。
互いに協力し合い互いの事業を行う両社だが、実際は奇妙なライバル心を抱いている社員が多い。
「うーん……なぁんで電話出ないんだろ……あ、そこの信号、左ね」
三蔵の愛車である黒の外国車。
その助手席に座るのは、今回ばかりは光織ではなく光織を拉致した男の義妹・李厘。
恐らく家にいるだろうという李厘の言葉を信じて車を走らせているわけだが、三蔵は妙に苛々していた。
(面倒事ばかり起こしやがってあの馬鹿娘は……)
ブォン、と些か乱暴なハンドル捌きで交差点を左折した。
「――――ここか」
「すっげ……」
目的地に到着し、車から降りた悟空は感嘆の声を洩らした。
見上げるばかりのその大層な屋敷は、鬱蒼と茂る木々に囲まれ威圧感を放っている。
家ってレベルじゃねー!と何故か楽しそうな悟空に車に戻ってろと告げ、さてどうしたものかと。
吠登城。切っても切れぬ腐れ縁のその会社の若き副社長というあの赤い男。
李厘がその義理の妹であることを三蔵は知っていた。
総取締役と副社長。互いに業務上以外で交流を持ちたいとも思わないしその必要もないが、光織はその因縁に関係がない。
李厘が、李厘が、と日々飽きもせずに微笑みながら口にするその名に、子供同士上手くやっているのならそれでいいとも思っていた。
―――しかしこうなってしまえば話は別だ。
仮にも三蔵の保護下にある光織を暴力でもって拉致、とは。
(人のもんに手ぇ出してんじゃねーよ)
いざとなれば、こちらとて穏便な方法では済まなくなる。
あれ、は、俺のものなのだから、と。
複雑に絡み合った唐草を模した外門の前に車を横付け、煉瓦造りのアーケードにあるインターフォンを李厘が鳴らそうとした、その瞬間。
「李厘様っ!?」
不意に響いた高い女の声がそれを呼び止めた。
「あ、八百鼡ちゃん」
「李厘様、ご無事で…?」
「李厘!お前どこ行ってやがった!?」
「独角、みんなしてどしたの?」
八百鼡、独角児を先頭にわらわらと集まる、いかにもというようなスーツと黒いサングラスの連中に悟空は目を輝かせ、三蔵は呆れたように煙草に火を点けた。
「―――お前は…玄奘三蔵……」
ライバル会社の総取締役御登場に、その場の空気が一瞬にして不穏になる―――ことはなく。
「悪ィな、迎えに来たんだろ?」
「ごめんなさい!あの方でしたら今は眠ってらっしゃると思います」
黒服達までもが深々と頭を下げ、外門を開ける。
「紅孩児様のお部屋へどうぞ」
「光織!いた!」
いきなりの怒声と共に李厘が部屋へと飛び込んできて。
続いて、2人―――先ほど会話をしていた残りの2人だろう―――が入ってくる。
「あ、李厘」
「李厘!何処へ行っていた!?何かあったら連絡しろと言っただろう!」
「やっほー光織!何さ!だからってオイラのしんゆーを疑うなんて、お兄ちゃんサイッテー!!」
「なっ……」
「まぁまぁ李厘。お兄さんはそれだけ李厘のことが大切で……」
「お兄ちゃんはカホゴなんだよっ!」
「紅孩児様、落ち込まないで下さい」
「李厘も言うようになったじゃねぇか」
「と・に・か・く!これから光織に手ぇ出したら、いくらお兄ちゃんでもオイラが許さないからねっ!」
「まったくだ」
背後から響いたその声に、思わず光織は固まった。
ギギギ、と音を立てそうなほどぎこちなく首を回すと。
「さ、三蔵…」
不機嫌、というより呆れたような三蔵の姿があった。
どうしてここに、とか、何で李厘と、とか、聞きたいことはあるがここは黙っていた方がいいと勘が告げる。
「……話は聞いた。体はどうだ」
「あ、はい、いや、」
「どっちだ」
挙動不審な光織に、益々不機嫌度数が上がっていく気がして、光織は気が気でない。
もしさっきの話が本当なら、ここはライバル会社の本陣のようなもので。
それはいいことではないのだろう、という事しか、未だ学生の光織には分からなかったが。
三蔵の眼光が、安堵から少しだけ和らいでいることも、知らずに。
「だいじょぶ……です」
「そうか。なら帰るぞ」
「玄奘」
紅孩児、と呼ばれた赤い男が、さっさと踵を返す三蔵に声をかける。
「……すまなかった」
立ち上がり、頭を下げる紅孩児に光織は「大丈夫ですよ」と小声で囁いたが、三蔵は振り返らずに言った。
「……てめぇの馬鹿妹をわざわざ送ってやった運賃と手数料は、光織の医療費でチャラにしてやる」
行くぞ、と光織に視線を送り、さっさと行ってしまう三蔵に微笑んで、光織は一礼した。
「お手数おかけしました」
「こちらこそ御迷惑をおかけして……体調が悪くなったらすぐに電話してくださいね?」
「ほんっっっとごめんね!光織!今度は遊びに来てね!」
「まぁ、李厘と仲良くやってくれや」
八百鼡に微笑を、李厘には手を振って、独角児には頷いてみせて。
―――それから、
「紅孩児、さん」
「……何だ?」
初めて真っ直ぐに目を見た。
優しい人なのだろうと思う。
「これからも宜しくお願いします」
長い付き合いになる、予感がした。
end.
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